アートを眺めて心も眺める|開運実験80日目
どうも、うんちゃんです🍀
昨日は、展覧会めぐりをしました。
いちばんの目的は、アンドリュー・ワイエス展。
小学生のとき、美術雑誌で見た「クリスティーナの世界」という絵にくぎづけになりました。
今にも触れられそうなくらい精密な、草や服。
ただの「精密」ではなく、心がぐぐっと、絵の世界に入っていく。
決して明るい絵ではないのですが、何か希望のようなものを感じました。
今回の展示に「クリスティーナの世界」は含まれていませんが、ワイエスの精細な筆跡を直接見られるなんて、嬉しい。

ワイエス展のテーマは、「境界に立つとき、心が動き出す」。
私はこれまで「境界なんて、ない方がいい」と考えていました。
人と人、組織と組織、国と国。
境界がなければ、もっと自由に交流できるのに……
でもここ数年、その価値観が揺らいでいた。
そして最近分かったのは、
境界線がある方が健全だということ。
私は境界線を引くのがとても苦手だったということ。

《Rag Bag(ぼろ袋)》 1986年
ワイエスの作品の多くは、境界線上にあります。
光と影。生と死。外と内。あなたとわたし。
それらは完全に分断しているものではなく、
ふと、境界が分からなくなる一瞬があります。
眠りに落ちる直前、まどろみの一瞬。
窓を開けて、海風が流れ込む一瞬。
混ざり合い、わかりあい、とけてゆく。
境界があるからこそ、その一瞬が美しい。
境界自体に美しさがある。

《Light Station(灯台)》1983年
今回はじめて、額縁の美しさも強く感じました。
「この絵には、この額しかないのでは」という。
額も、作品と作品以外を隔てる境界ですね。

ワンちゃんをより近くに感じられる気がする。

《Thin Ice(薄氷)》1969
せっかく上野に来たので、6月21日(日)まで開催の「NHK日曜美術館50年展」と「素描展」にも足を運びました。
ここでも、気になるのは光と影でした。
透明な椅子の作品がつくる影。
塀と植物の一瞬の光と影をとらえるスケッチ。

アートを眺めることは、自分の心を眺めること。
作品を見ているようで、実は「自分自身の心を映す鏡」を見つめている。
境界なんて、ない方がいい。
ずっとそう思ってきました。
けれど今、私の心は境界を認めていて、
光と影、あなたとわたしの「あわい」を美しいと感じている。
それがわかった、美術館めぐりでした🍀
今日のまとめ画像🖼️

2026/06/20 追記
「アートを眺める」「美術館や博物館に行く」という開運アクションでしたが、分かりづらかったのでタイトルを変更しました。
何かを感じても、感じなくても。
作品を眺めて、そのときの心を眺めてみる💕
どこが気になったのか。なぜ好きだと思ったのか?
次同じ作品に出会った時には、違うことを感じるかもしれません。
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