【1973年のGARO】当時の音楽雑誌で振り返るGARO
1960年生まれのおじさんです。
GAROの活動期間(1971年〜1975年)は11歳〜15歳でした。厨二病だった頃とモロ被りでした。
当時は音楽雑誌(guts、ヤングギター)や芸能雑誌(明星、平凡)を毎月購入していましたが、おれが18歳で上京した際に父に処分されました。おれしか知らないところに隠しておきゃよかった。
2006年にGARO BOX発売された頃に厨二病に火がつき、昔の音楽雑誌を集めたいと思いました。
ヤフオクでおれが昔持っていた雑誌をちびちび落札しはじめました。落札できなかった雑誌も多々あるけど。
当時のおれは東京で働いていて、定年退職したら、佐渡の実家におれが高校生だった頃の部屋を再現して当時のレコードを聴いて雑誌を読むのが夢でした。
2006年のGARO BOXの発売は、おれの感覚的には10年ほど前だった感じがするけど20年も経っている。2006年に生まれた子がハタチになるのと同じ歳月が流れてしまった。
マークが2007年に活動再開したのはうれしかった。五反田ロッキーのLIVEは仕事帰りに見に行った。マークのブログも見ていた。
2013年9月発売のアルバム「時の魔法」は特典ポスターをゲットした。これから本格活動が始まると思ったけど、マークのブログの更新がとびとびになり心配していたところ、2014年12月に65歳でご逝去された。
今年66歳になったおれはマークの歳を越えてしまった。
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おれがフォローしている野添 梨麻さんがGAROの雑誌記事を紹介しているので、おれもおれが持っているGAROの記事や写真を紹介しようと思います。
✡ヤングソング(1972年10月号)
GAROが数多あるフォークグループのone of themだった頃。
※ヤングソングは芸能雑誌「明星」の別冊歌本です。

✡ポスター(1973年6月)
LP「GARO LIVE」のノベルティです。

✡ミュージック・ジャック「ガロのすべて」(1973年8月)
GAROの人気絶頂期に発売された特集号です。


「美しすぎて」や「一枚の楽譜」を作曲した村井邦彦(アルファレコード代表)が寄稿しています。


昭和歌謡曲の番組でちょくちょく登場する音楽評論家の富澤一誠(「失速 ガロが燃え尽きた日」著者)がたまたま通りかかっています。

✡ヤングソング(1973年9月号)
「ロマンス」が発売された頃です。


見返すと昭和のレジェンドばかりです。
✡guts(1974年1月号)

✡ヤングソング(1974年5月号)

✡平凡ソング(1974年6月号)
※平凡ソングは芸能雑誌「平凡」の別冊歌本です。

✡ヤングソング(1974年9月号)

✡GARO「プリズム(1974年12月)」より
「プリズム」は「ビートルズはもう聞かない」と同時期に発売されたベストアルバムです。

アルバム見開き



✡guts(1975年2月号)

✡guts(1975年6月号)

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66歳になったおれは神奈川と佐渡の2拠点生活をしています。
物置部屋になっていた実家の屋根裏部屋をDIYして、GAROのレコードをスピーカーで聴いている。会社員だった頃に夢見ていた生活。

あれからおれは成長したかと自分自身に問うてみる。
大人の知恵は身についたけど、心臓の一番柔らかい部分は半世紀前のまま。それでいいのか?
いいじゃないの 幸せならば😘
