母の死を経て
少し前、大好きな母を25歳にして看取った
忘れたくない気持ちを少し書いてみる
11年間闘病をして、旅立ってしまった
深い悲しみの中、亡くなってしまった10分後には葬儀屋に家族総出で電話を掛け、あれよあれよと葬儀が終わり、家に戻り、仕事に戻り、変わらない日々を過ごしていた。
たまに泣いてしまうけど、毎日を明るく生きようとしていたけど、四十九日が終わり肩の荷が降りた瞬間、涙が毎日止まらなくなった。
もう本当に会えないということを実感してしまった。四十九日までは気づかないように、考えないように忙しくしていたけれど、現実と向き合う瞬間が来てしまったんだな
美味しそうなお菓子を見れば、「お母さんに買ってかえらなきゃ」と思うし、ネイルを変えたら「これ変えたの、可愛い?」と見せたいし。
話しかけても返事が返ってこない仏壇に、毎日話しかける。
お母さんがお父さんの愚痴を言うことも、お母さんの推しの話を聞くとことも、もう出来ないんだね
幸いにも後悔していることはほとんどない。
母が病気だと分かり長くないと気づいた日から、毎日愛と感謝を伝え続けて、亡くなるその日まで恥ずかしがらずに口に出したから、伝わっているはず。
しいていうならば、孫どころか結婚相手すら見せられなかったことが後悔。
あと、亡くなる1週間前まで「あと10年は欲しかった」と誰よりも生きたいと願っていた人を、生かせられなかったこと。
毎日寝る前に「私は大丈夫、100歳まで生きる」と言っていたし、弱音を吐いてるところを見たことは無くて、とにかく生きる!と言っていたのにね。
母が亡くなってから知ったのは、何個もライブのチケットを買っていて、これらに全部行く気だったんだと家族全員びっくり。
行きたかったライブ沢山あったのに、ライブに行けずに亡くなってしまったんだね。ごめんね。
母のいなくなってしまったこの世界で、私はあと80年近く生きなければいけない(100歳まで生きるのでね)
死にたいとか全く思わないけれど、母に一刻でも早く会いたいとは毎日思う。
でもきっと毎日必死に生きてたら、あっという間にその日はくるね
お母さんの生きたかった今日を、必死にしがみついて生きてくからね
お母さん大好きだよ
