ボルネオ島で生きた幼虫を食べる。
ここはホテルのレストラン。白く清潔な食器の中で、レタスの影に隠れて幼虫がウゴウゴ蠢いている。でっぷりと太ったやわらかそうなクリーム色の体と茶色く小さな頭。
私は食べるのを躊躇して、そして意を決してフォークを取った。
異物混入ではない。
私はこれを食べるためにボルネオ島までやってきたのだ。
私はタヌキとキツネが好きだ。
そしてタヌキもキツネも虫を食べる。
虫は野生動物の主要なタンパク源のひとつである。
だとしたら、私だって虫を食べられるんじゃないか?と思いついたのが原因だった。
日本でも、虫を食べることができる。イナゴの佃煮は伝統料理だし、東京には昆虫食レストランだって何軒かあるのだ。だがそこで提供されるものは調理済みのもので、揚げたり焼いたりされているものだ。
揚げた幼虫はカリッとしてて美味しいけど、何か違う。
私が求めているのは、土から引っ張り出して、ぷにゅっとした幼虫が牙を突き破る、そんな感覚なのだ。
そんなことを考えていたおり、ある話を聞いた。
マレーシア・ボルネオ島では、生の幼虫が食べられるらしい。
ならば、食べるしかない。
ボルネオ島は正確にはマレーシアとブルネイ、そしてインドネシアの3カ国をまたぐ島で、インドネシアではカリマンタン島という名でしられている。この島では伝統的に虫が食べられ、特にサゴワームが有名である。
サゴワームとは、ヤシオオオサゾウムシの幼虫で、サゴヤシの木を食べることからサゴワームとも呼ぶ。
私はここボルネオ島のサバ州に幼虫を食べにきたのだ。
訪れたのはHotel.N5 のNative cafe、モダンななホテルビルのレストランである。
入り口を入ると、まず近代的なビルのレストランといった感じの店内が目に入る。
席に着こうと店に入ると、レジの真ん前にガラスケースがあり、土が敷き詰められている。
絶対あれだ…と思いながら、席に着く。
私はメニュー票のいくつかから"raw"サゴワームとサゴワームsushiを注文した。
サゴワームsushiは名前の通り、サゴワームのお寿司である。昆虫食嫌悪の日本人から大ブーイングが来そうだが、これは火が通っているので私は食べたことがある。
問題は、”raw”サゴワームである。説明欄のところに"alive"と書いてある。
あらいぶ…と私は身構える。いや、ここで引くわけにはいかないのだ。何のためにここまで来たと思っている。
ドキドキしながら待っていると、店員さんがガラスケースから何かを取り出した。
絶対あれだ!と思った。
やっぱり虫かごだった。
きた。
サゴワームsushiと、生サゴワームだ。

サゴワームsushiの見た目に憤る日本人は多いだろう。雑穀米よシャリの上にでっぷりとしたサゴワームがノリで巻きつけられていて、虫嫌いの日本人の間で炎上しそうな見た目である。
だが、私は調理済みの虫は散々食べてきた。
サゴワームsushiはあくまで見た目のおもしろさから頼んだだけだ。
だから、私はなんの躊躇もなくサゴワームsushiを口に含んだ。うん、美味しい。
食べ親しんだサゴワームのナッツのような匂いと、お米の組み合わせは悪くない。
問題は生サゴワームの方だった。
白く清潔な食器の中に、レタスに隠れてウゴウゴする生き物が、入っている。ソース付き。
レタスをとってみる。
サゴワームが3匹。生きている。
波打つようにのたうっている。
一旦レタスで隠す。
うーん、これはたべてもいいやつなのだろうか?
とりあえず、私はフォークを手に取った。
幼虫の白いボディにフォーク恐る恐る突き刺す。
ウゴウゴウゴウゴ…
サゴワームが激しく暴れた。しかしフォークは刺さらない。フォークを刺そうとすると、水風船みたいに中身が弾けそうな弾力に押し返される。
あ、これは噛みついてころすのか、と悟る。
私は生まれてこの方、歯で生命を殺したことがない。踊り食いなら食べたけれど、これは普通に生きている。
生きながら、食う。
それは、わりと覚悟がいることだった。
というか、相手は生きているので口の中で私に噛みついてくるかもしれない。そう考えだすと、茶色い小さな頭についたよく動く牙がすごくするどくみえる。
だから、私はおしりから食べることにした。頭だけ口から出して、お尻に噛みつけば、噛まれることはないだろう。
スプーンの上に載せて食べるのはなんだか難しい気がしたので、試しにレタスで包んでみる。レタス越しにサゴワームが暴れた。ソースをお尻につけてみる。サゴワームがびくんと収縮する。
私はえいやとサゴワームのお尻に噛みついた。
歯と歯の間で暴れる。
思い切って噛むが、押しつぶすだけで死なない。
レタスから逃れようとのたうち回るサゴワーム。
意を決してサゴワームを押さえつけ、噛みちぎろうと力を入れる私。
ウゴウゴ、ウゴウゴ、ウゴウゴ、破裂。
サゴワームの薄膜からドロリと香ばしくミルキーなクリームが溢れ出た。
美味しいような気もしたが、それどころではないような気もした。
ソースと絡み合う濃厚なサゴワーム。
包んでいたレタスを広げると、残された頭が弱々しく動いていた。
ああ、ごめんと私は思った。

