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九キロは長すぎる(2)

 面と向かって決意表明のようなことを言われると、少し気恥ずかしくなる。
 僕は立花から視線を逸らし、ずれた眼鏡の位置を人差し指で押し上げた。
 それに、僕の動機は決して正義感に基づいているわけではない。

「それで、部活はどうする」
「そういう草野くんはどうしたいんだ?」
 なるほど、これが誘導尋問か。

 僕は立花の望み通り、正直に白状した。「とてもじゃないけど、部活どころの気分じゃないな。執筆に集中できる気がしない」
「同感だ。名残惜しいけど調査のためだ。今、僕らに残された選択肢はただ一つ、早退するということだよ」
 最初からそのつもりだったのだろう、まるで心にこもっていない言い方で立花はそう言った。

「でも、できるのか? 到底、あの部長が許すとは思えないぜ」
「ああ、竹内さんは簡単には許してくれないだろうな」
 僕は小さく溜め息をついた。「立花、なんでこのタイミングで水本のことを話した? 部活の前に話してくれてたら、竹内と顔を合わさずにすんなり帰れたじゃないか。……無断欠勤という形にはなるけど」

 今、部室には通学カバンと防寒着という人質がいる。部室を通過せずに帰宅することは、事実上不可能に近い。
 立花は天然パーマの頭を掻きながら、申し訳なさそうに言う。「もうちょっとで原稿が完成するところだったんだよ。それを終わらせてから、調査に進みたかった」
「なんだよ、僕はまだ途中だってのに。結局、お前の都合か」
「まあ、そう言うなよ。草野くん、執筆に難儀してたじゃないか。いい息抜きにはなるだろ?」

 水本の死の真相を調査することがいい息抜きだって? 本当に不謹慎なやつだ。
「交渉は、頼んだぞ」
 僕がそう言うと、「億劫だな。非常に億劫だ」と立花はゆらゆらと首を横に振りながら言った。

 新聞部部室は、特別教室棟二階に位置している。
 部室の引き戸を開けると、三人の部員たちが一斉に僕たちの方を向いた。

 今、新聞部は部屋の中央に配置された長机で、めいめいが原稿の執筆に取り組んでいる。
 部員数は、一年生二人、二年生三人の計五人。部室が狭いことを考慮すれば、多すぎず少なすぎず、ちょうどいいバランスだと思う。

「ちょっと二人とも、どこ行ってたの? 締め切り近いんだから、ちゃんと集中してよね」
 僕と立花が部室に足を踏み入れると、二年部長の竹内杏奈があからさまに不機嫌な顔で言った。
「そのことなんだけどさ、竹内さん」
 立花は基本的に、誰に対しても敬称をつける。これは後輩の一年生に対しても例外ではない。

「何?」
「僕たち、急用ができて、ちょっと帰らないといけなくなっちゃったんだ。申し訳ないんだけど」
「ええ、先輩たち帰っちゃうんですか?」
 一年の女子、島田が不満そうに言ったのを遮るように、
「それ、本気で言ってんの?」と竹内が冷ややかな声で言った瞬間、ストーブで暖められているはずの部室が凍りついた。

 竹内は特別美人と言うほどではないが、比較的綺麗な部類に入ると思う。セミロングの瓜実顔で、和服が似合いそうな雰囲気だ。
 しかし、怒ると怖い。今みたいに切れ長の瞳に睨まれれば、立花のように萎縮してしまうことはまず間違いないだろう。
 一年生の二人も、自分が怒られているわけでもないのに、どこか狼狽している様子だ。

「うん」
 立花は弱々しく首を縦に振る。「ちょっと、どうしても外せない用があって」
「締め切りが間近に迫ってるのに、どうしても外せない用って何よ? しかも、二人揃って」
「ごめん、それは言えない。だけど、本当に大事なことなんだ」
「呆れた」
 途端に、竹内は薄い眉を吊り上げる。「あのさ、立花。あんた本当に副部長としての自覚ある? 文化系部活だからって、テキトーにやってればいいと思ってるんでしょ?」
「いやいや、そんなことはないよ」

 立花は大仰に顔の前で手を振って見せたが、首をすくめ、額には汗が滲んでいる。
 普段は飄々ひょうひょうとした性格の立花も、新聞部部長の竹内杏奈には頭が上がらない。
 それに、部の中で竹内は特に立花に手厳しい印象がある。

 立花が副部長という立場もあるのだろうが、僕は個人的に二人が定期試験の結果で毎回、学年で十番以内に名を残すほどの成績優秀者で、そのことで竹内は立花に対して密かにライバル意識を感じているんじゃないかと思っている。
 その結果が、この態度。僕も決して勉強が苦手な方ではないが、この二人にはとても適う気がしない。

「でもほら、一応原稿は完成したよ」
 立花が釈明する。
「完成させたから何? 校正、編集、印刷、製本とやることはまだ山積みなんだけど」
「うん……その通りだ」
「立花って、やっぱり副部長の器じゃない」

 ついに竹内が、立花に対して致命傷を負わせるような一言を発すると、立花は深々と項垂れ、意気消沈する。完全に防戦一方で、立花の完敗は目に見えていた。
 そして同級生の立花がこれ以上、同級生に叱責されるのを見ていられなくて、これまで黙っていた僕も加勢することにした。

「竹内」
 竹内の鋭い眼光が、今度は僕に向けられる。「あのさ、草野に関しては、原稿すら終わってないんでしょ?」
「原稿は、必ず三日後の金曜までに終わらせる。そしてその日は絶対に早退しないって、約束する。だから、今日だけは見逃してほしいんだ」

 新聞部の活動日は、月、火、金の週三回ある。
 そして僕のこの発言は、調査は短期決戦で終わらせたいという意思が込められていた。
 来週の金曜までに『月刊藤湘タイムズ』を完成させる必要があり、その二週間後には学年末テストを控えた今、僕たちに残された猶予はあまりない。

「あのね、自由人の立花だけならまだしも、なんで草野まで一緒になって早退するのよ。それも、なんで今日なの?」
「それは、色々と深い事情があるんだ」
「あたしには話せない事情ね」
「そう、話せない。悪いけど」

 かつてのクラスメイト、水本小百合の自殺の動機を調査するという事情。
 早退の理由を正直に話してしまえば、僕たちが軽蔑されることは想像に難くない。実際、数分前までの僕がそうだったから。

 だからこそ、話せない。かと言って、すぐにそれらしい嘘の理由をでっち上げられるほど、機転が効くわけでもない。
 だからここは正直に、話せないという意志を表明する。

 竹内は苦々しく笑みを浮かべた。「そんな真剣な表情で、『話せない』なんて自信満々に言われると、かえって反応に困るんだけど」
 そして深い溜め息をつく。「ったく、草花コンビには本当に手を焼かされるわ。……いい? 約束、絶対守ってよね。もし破ったら、二人とも承知しないから」


「『草花コンビ』ってさ、蔑称だよな」
 昇降口でスニーカーに履き替えながら、僕はそう言った。 

「そうかな? 竹内さん、普段から呼んでるじゃないか。『原稿の進捗具合、草花コンビの二人はどう?』って感じで」
「でもさ、草野の草と立花の花で草花コンビだぞ。なんだか漫才のコンビみたいで、滑稽に感じる」
「まあまあ。竹内さんがそう呼ぶのは、僕らがよっぽど固い絆で結ばれているように見えているっていう証左じゃないのか?」
「立花、それ以上はやめてくれ」
「うん、今自分で言って寒気がしたよ。気候のせいじゃないことだけは確かだ」

 昇降口のガラス戸を開けると、二月上旬の冷たい風が一気に押し寄せてくる。
 学ランの上にダッフルコートを羽織り、マフラーを巻いて防寒をしっかりしているのに、それでも思わず身震いしてしまう。

 一方の立花は防寒着を一切着用していないが、寒がる素振りを見せない。
 体型のせいだろう、立花は暑がることはあっても、寒がることはあまりないのだ。

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