【仕事を考える⑤】お金にならない仕事は、価値がないのか?:仕事の価値を、お金で測ると、人は「意味のある人生」より「お金になる人生」を選び、驚くほど窮屈になる。
「価値を提供した結果としてお金が入る」この考え方は、一見とても健全に見える。だが、ここにひとつ大きな勘違いが潜んでいる。お金にならない価値は、価値ではないという無意識の前提である。
もしこの前提を信じてしまうと、人生は驚くほど窮屈になる。
社会を支えているのに、評価されない仕事
考えてみてほしい。
・子育て
・信頼を育てる
・安心感を生む
・場の空気を和らげる
これらが消えた社会を想像すると、正直、かなり怖い。
にもかかわらず、これらの多くは市場では「高い価値」として扱われていない。なぜなら、価値を測れないからである。
お金は、測れるものしか評価できない。数値化できないものは、存在しないかのように扱われる。その結果、「大切なものほど評価されない」という逆転現象が起きる。
ブルシット・ジョブが増える本当の理由
アメリカの人類学者デヴィッド・グレーバーは、社会にとって意味がないと本人も感じている仕事を「ブルシット・ジョブ」と呼んだ。
驚くべきことに、
・社会的に重要でない仕事ほど高給
・社会を支える仕事ほど低賃金、もしくは無償
という構造が、多くの国で当たり前になっている。
するとどうなるか。「誰かの役に立つか」より「お金になるか」が仕事選びの基準になる。その結果、ブルシット・ジョブが好まれ、社会を下支えする仕事は軽んじられる。
これは個人の倫理の問題ではない。評価の物差しが、お金一本しかない社会の構造問題である。
シャドーワークが見えなくなる社会
もうひとつ見落とされがちなものがある。それがシャドーワークである。家事、育児、地域活動、気遣い、感情労働。
これらは「仕事」として認識されにくく、あたかも空気のように存在しているものとして扱われる。
だが、もしこれらが突然すべて有料化されたら、社会は一瞬で回らなくなる。それほど重要なのに、評価されないどころか「大したことない」と思われてしまう。
ここに、人が無意識に自分の価値を下げてしまう原因がある。
お金で自分の価値を測る人が、疲れていく理由
「稼げていない自分には価値がない」「成果が出ない時期の自分はダメだ」。こうした思考は、真面目で努力家な人ほど陥りやすい。
だが、お金は市場価値であって、人間価値ではない。
市場は、速さ、派手さ、分かりやすさを好む。一方、人としての成熟や信頼は、遅く、地味で、数字にならない。
だからこそ、お金を唯一の評価軸にすると、人は「意味のある人生」より「説明しやすい人生」を選んでしまう。
価値とは、本来「後から分かるもの」
子育ての価値は、何十年も経ってから見えてくる。信頼の価値は、困った時に初めて分かる。安心感の価値は、失ってから気づく。
つまり、本当に大切な価値ほど、即時に換金できない。
それなのに、「今、お金にならないから意味がない」と切り捨ててしまうのは、あまりにも短絡的である。
結論:お金は感謝の一形態にすぎない
お金は、ありがとうのひとつの表現である。
だが、ありがとうには、言葉、態度、信頼、安心、尊敬といったお金に変換できない形の方が圧倒的に多い。
もし社会が、「お金にならない=価値がない」という前提で動き続けるなら、ブルシット・ジョブは増え、シャドーワークはさらに見えなくなる。
だからこそ、私たちは問い直す必要がある。この仕事は、誰の人生を、どんなふうに支えているのか? その問いを持つ人が増えるほど、社会は静かに、しかし確実に健やかになっていく。
稼げるかどうかより、「意味があるかどうか」を語れる社会へ。そこにこそ、本当の豊かさがある。
今日も、読んで頂きありがとうございました。
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第2章 仕事
第3章 お金
第4章 人間関係
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