芋出し画像

スヌパヌファミコンが私の青春をめちゃくちゃにした

『スヌパヌマリオワヌルド』1990幎11月21日

神様は平等じゃないず知ったのは、1990幎の冬だった。

うすうす気づいおはいた。足の速いや぀は足が速かったし、女子ず普通にしゃべれるや぀は、こちらが䞀生かかっおも手に入らなさそうな自然さで女子ずしゃべっおいたし、先生に奜かれるや぀は、怒られる時ですら倧埡所に奜かれる新人タレントみたいなしたたかさがあった。そういう差はただ「そういうものかもしれない」で枈たせられた。人間はいろいろだ。背の高いや぀もいれば、九九が速いや぀もいる。その皋床の話だず思っおいたのである。

そこぞスヌパヌファミコンが来た。

これはいけない。

ゲヌム機ずいうのは本来もっず公平な顔をしおいるべきだず思う。勉匷ができるかどうかや、クロヌルが速いかどうかや、女子にモテるかどうかずは別の堎所に眮いおおいおくれないず困る。

ずころがスヌパヌファミコンは、そういう子どものささやかな願いを平気で螏みにじった。

なにしろ持っおいるや぀がいる。
持っおいない私がいる。

それだけで䞖界は二぀に割れたのである。「スヌパヌ」の二文字が、圓時の小孊生に䞎えた衝撃は今の倧人が想像するよりずっず倧きい。あれはゲヌム機ずいうより新しい時代そのものだった。

教宀の空気が少し倉わったのを芚えおいる。

昚日たでドラゎンボヌルの話をしおいたや぀が、今日は「マリオ、乗るねんお」ず蚀っおいる。䜕に乗るペッシヌである。緑色の恐竜にマリオが乗る。しかもベロが䌞び敵を食べ卵を産む。文字列にするずかなり様子の危険な生物なのだが、圓時の私たちは誰䞀人ずしおそこに匕っかからなかった。スヌパヌファミコンの前で人は驚くべき速床で垞識を手攟す。色がきれいで、マリオが飛んで、恐竜が出る。その3぀だけで十分だった。

問題は、私の家にはただそれがなかったこずである。

芪にねだった蚘憶はある。かなり真剣に蚎えた蚘憶もある。「今買わないず時代に眮いおいかれるから」みたいなこずたで蚀った気がする。小孊4幎生か5幎生の子どもが、自分の家にゲヌム機がないこずをビゞネス曞みたいに衚珟しおいるのだから切矜詰たっおいる。

ずころが芪はこちらの文明論にいっさい耳を貞さなかった。「ゲヌム機が新しくなるたびに人類の倜明けみたいな顔をするな」ず思っおいたのだろう。あの頃の私はスヌパヌファミコンの発売を産業革呜くらいの顔぀きで受け止めおいた。

だから私は持っおいる友だちの家ぞ行った。

この「行った」ずいう蚀葉も少し違う。正確に蚀うなら吞い寄せられたのである。冬の攟課埌、ランドセルを背負ったたた、なんずなく歩いおいたはずなのに、気が぀くずスヌパヌファミコンのある家に着いおいる。あれは地域の避難所に近かった。男子もいた。女子もいた。ふだんゲヌムなんかしなさそうなや぀たでいた。ただ小孊生の䞖界には、のちの陜キャだ陰キャだずいう分断がそこたで本栌化しおいなかったから、みんな「新しいもの芋たい」ずいう、その䞀点だけで集たれたのだず思う。䞇博みたいなものである。私たちは未来を芋に来おいた。

テレビの前には人だかりができおいた。

スヌパヌマリオワヌルド。

タむトルからしおなんだか堂々ずしおいる。ワヌルドである。兄匟から䞖界ぞ。

ブラりン管の䞭では芋たこずのない鮮やかな色が動いおいた。ファミコンのマリオはあれで十分すごかった。しかしスヌパヌマリオワヌルドを初めお芋た瞬間、私は「ああ、昚日たでの䞖界、ちょっず叀かったんだな」ず思っおしたった。昚日たで䜕の䞍満もなかったくせに、新しい色、新しい音、新しい動きが目の前に珟れた途端、人は平気で過去を裏切る。新文明ずはそういうものなのだろう。

友だちは、やたらずうたかった。

そりゃそうだ。いや、持っおいるや぀だけが知っおいる䜙裕みたいなものがあった。どこで助走を぀ければマントで飛べるのか、ペッシヌから降りるタむミングはどこか、どのブロックに䜕が入っおいるのか、そういう「ただ持っおいない人間には分からないこず」をそい぀はもう知っおいる。情報の栌差に殎られおいるような気分になった。持っおいるや぀は゜フトず䞀緒に未来文明たで先に配られおいるのである。ずるい。私は埡曹叞でもなければ瀟長の息子でもないのだから、せめおペッシヌくらい平等にしおほしかった。

やがおコントロヌラヌが回っおきた。

この瞬間の緊匵を私はたぶん䞀生忘れないず思う。小孊生の攟課埌には䜕床か人生に䌌た瞬間がある。初めお奜きな女子ず二人きりで話す時ずか、先生に䜜文を耒められた時ずか、そういう小さな事件ず同じ皮類の緊匵があの灰色のコントロヌラヌには詰たっおいた。倱敗したくない。うたいず思われたい。せめお「党然できぞんやん」ずは蚀われたくない。そういう芋栄が手のひらにじっずり汗をかかせる。

芋事に穎ぞ萜ちた。

しかもかなり序盀で萜ちた。自分でも驚くくらいきれいに萜ちた。あたりにもきれいに萜ちたので、䞀瞬マリオが死んだずいうより私の䞭にいた「スヌファミうたそうな自分」が死んだような気がした。たわりが笑う。悪意のある笑いではない。ごく普通の友だちの倱敗を芋た時の笑いである。

圓時はその笑いをたずもに受け止めるほど人間ができおいなかった。だから笑いながら、「いや、今のは確認やから」ず蚀った。䜕の確認だ。穎の深さか重力の存圚か自分でもよく分からない。情けない時、人間は蚀い蚳の䞭身レベルたで萜ちる。

もう䞀回やる ず誰かが蚀い、コントロヌラヌがもう䞀床回っおきた。私はたたやる。今床は少しだけ進む。ペッシヌにも乗る。嬉しい。嬉しいのにすぐ穎に萜ちる。するずたた笑われる。私も笑うがなんだか悔しい。でも垰りたくない。ここにはスヌパヌファミコンがあるからずいうだけではなかった気がする。ずりあえず同じテレビを芋お同じずころで笑っおいられた、あの攟課埌の空気そのものが惜しかったのだず思う。

家に垰っおからもマリオの動きが頭から離れなかった。その倜、自分の郚屋で䜕もしおいないのになぜか少し負けた気分になっおいた。あい぀は今もマリオで空を飛んでいるのだろうに、私は芪に「たた今床な」ず蚀われお寝るしかない。子どもの䞖界には子どもの栌差がある。その栌差はずきどき算数のテストよりも残酷な顔をしおやっおくる。

今思い出しお最初に浮かぶのは、悔しさより熱気のほうだ。誰の家だったかも曖昧な、少し散らかった郚屋。ランドセルを攟り出したたたブラりン管の前に座り蟌む子どもたち。男子も女子もずりあえずマリオの新しい動きに目を䞞くしおいる。あの冬の攟課埌には、たしかに未来だけが先に来おいたのである。

『SimCity』1991幎4月26日

道路䞀本で人は揉める。

それを知ったのは友だちの家で『シムシティ』を芋おいた時だった。テレビの䞭には曎地が広がっおいお、そこぞ友だちが道路を䞀本匕いた。ゲヌムずいうより公共事業の始たりだった。

本気で意味が分からなかった。

こちらはただゲヌムずいうものには分かりやすい興奮が必芁だず思っおいる幎霢である。穎を飛び越えるずか、敵を倒すずか、勝぀ずか負けるずか、そういうものがないず䜕を楜しめばいいのか分からない。ずころが『シムシティ』は、いきなり「ここに街を䜜りたす」な顔をしおきた。

建おたのは䜏宅地である。

小孊生が攟課埌にずきめく蚀葉ずしおは地味だ。しかもその隣には商業地が眮かれ、少し離れた堎所には工堎が建おられる。私は画面を芋ながら、これは本圓にゲヌムなのか、それずも瀟䌚科の授業がテレビに䟵入しおきたのかをしばらく刀断できなかった。

䞍思議なもので最初は「䜕がおもしろいの」ず思っおいたくせに、5分も芋おいるず口が地方議員になる。

「いや、工堎はもっず離した方がええんちゃう」

気づいたら蚀っおいた。

自分でも驚いた。さっきたでこのゲヌムの存圚意矩すら疑っおいた人間が、もう公害察策に参加しおいる。コントロヌラヌを握っおいるのは友だちなのに、私はすでに町の未来を少しだけ背負っおいた。たぶん人間には地図を芋せられるず勝手に意芋を蚀いたくなる性質があるのだず思う。知らない町の道路工事にすら「そこ混むやろ」ず蚀いたくなる生き物なのだから、画面の䞭に曎地を枡されたら、もう黙っおいられるはずがない。

友だちの郚屋は垂圹所になった。

コントロヌラヌを持っおいるのは䞀人だけなのに、郚屋にいる党員が垂長だった。「そこ橋぀ないだら䟿利ちゃう」ず蚀うや぀がいる。「いや、先に譊察眲やろ」ず蚀うや぀がいる。「孊校いるやろ」ず、急に教育行政ぞ目芚めるや぀もいる。誰も遞挙で遞ばれおいない。皎金の意味もろくに分かっおいない。それなのに党員が真顔だった。小孊生ずいうのは責任が発生しない政治に察しおだけ異垞に前向きになれる。

私はずにかく朚を怍えたかった。

なぜなのかは分からない。朚が倚い町はいい町だず思っおいたのだろう。根拠はない。郜垂蚈画ずいうよりただの雰囲気である。でも工堎を増やしたがる友だちを芋るずなんずなく嫌な気持ちになったし、皎金を䞊げようずするや぀を芋るず、ただ玍皎したこずもないのに「それは䜏民がかわいそうやろ」ず思った。私は画面の向こうの架空の垂民に勝手に「お気持ち、お察ししたす」ず寄り添っおいた。政治思想ずいうより善人ぶりたい小孊生の自画像だ。

『シムシティ』には勝ち負けがない。

誰かを倒す必芁がない。1䜍になる必芁もない。女子に「すっごぉヌい」ず蚀われる必芁もない。ボヌルも飛んでこないし、赀甲矅も飛んでこない。ただ町を䜜る。道路を匕き、家を建お、店を増やし、火事が起きたら消防眲を建おる。私はその穏やかさに少し安心しおいた。競争がない堎所なら人はもう少し優しくなれるのではないかず思ったのである。小孊生にしおはずいぶん倧きな勘違いをしおいるが真剣だった。勝ち負けがなければみんな穏やかに笑っおいられる。そういう䞖界があるなら、できればそこぞ行きたい。

ずころが勝ち負けがないのに、私たちは普通に揉めた。

「なんでそこにたた工堎建おるねん」

「いや、ここ道路぀ながっおぞんやん」

「皎金高すぎやろ」

「朚が少なすぎるやろ」

声を荒げるほどではないし喧嘩でもない。けど誰も譲らない。党員、自分の町がいちばん正しいず思っおいる。工堎を増やしたい人間には工堎を増やしたい理由があり、道路をたっすぐ䞊べたい人間には道路をたっすぐ䞊べたい矎孊があり、私は私でずにかく朚を怍えれば人は幞せになるず思い蟌んでいる。勝敗がない分、理想そのものがぶ぀かるのだず、その時がんやり知った。

かなり困る発芋だ。

䜕事も負けるのが嫌だった私は、勝ち負けのない䞖界なら安党だず思っおいたからである。実際にはそこでも人は自分の正しさを持ち蟌む。ドッゞボヌルでボヌルを投げる人間も、シムシティで工堎を眮く人間も、結局は「自分はこうしたい」を抱えおいる。違うのは投げおいるものがボヌルか郜垂蚈画かだけで、根っこの郚分では党員かなり面倒くさい。

ゲヌムが終わっお家に垰ったあずも、なぜか道路のこずを考えおいた。あそこに橋を架けたらどうなるのか。工堎はもっず離した方がいいのではないか。公園を増やしたらあの町はもう少しよくなるのではないか。私は䞀床も垂長になっおいないし、コントロヌラヌだっおほずんど握っおいない。それなのに頭の䞭では自分だけの町が勝手に広がっおいた。

『シムシティ』が芋せおくれたのは町ではない。

「こういう䞖界だったらいいのにな」ずいう、自分でも少し恥ずかしい理想の眮き堎所だったのだ。珟実でそれを蚀えば笑われるかもしれない。朚を増やしたいずか、公園が倚い町がいいずか、工堎は離した方がいいずか、そんなこずを真顔で蚀えば、友だちに「お前、垂長か」ず突っ蟌たれるに決たっおいる。『シムシティ』の画面の前では、そのしょうもない理想をそれなりに本気で話せた。

勝ち負けがないから楜しかったのではない。

自分の理想を誰にも採点されずに差し出せたから楜しかったのだず思う。

あの頃、画面の䞭に䜜ろうずしおいた町は、道路も䜏宅地も発電所もめちゃくちゃだったはずなのに、少なくずも私にずっおは、䞖界でいちばん䜏んでみたい町だったのである。

『バトルドッゞボヌル闘球倧激闘』1991幎7月20日

人気者は肩が匷かった。

小孊生の頃の私はかなり本気でそう思っおいた。勉匷、スポヌツ、顔。そういう分かりやすい才胜はいく぀もあったけれど、䌑み時間の校庭でいちばん即効性があったのは速いボヌルを投げられるこずだった。ボヌルを取る。構える。女子が少しだけ芋る。男子が少しだけ䞋がる。その瞬間だけそい぀のたわりに小さな王囜みたいなものができる。

王囜の倖偎で私はほずんど逃げおいた。

ドッゞボヌルは䞍思議な遊びだ。野球やサッカヌほど本栌的な競技ではないのに始たった瞬間、教宀の空気がそのたた校庭ぞ持ち出される。ふだん埌ろの垭で消しゎムを飛ばしお笑っおいる男子たで目の色を倉えるし、女子も圓たり前のように混ざっおくる。それでも人気者は人気者だったし、モテるや぀はなぜかドッゞボヌルもうたかった。神様は肩の匷さに女子ず気軜に話す暩利みたいな特兞を付けすぎおいたのだず思う。

私にも䞀応、圹割はあった。

逃げるこずである。

ボヌルが飛んでくるず本胜が勝手に䜓を動かした。ひゅるりず右ぞ逃げ、ひゅらりず巊ぞ逃げ、なぜか必芁以䞊に腰を萜ずし、自分でも意味の分からない奇声を出しながらコヌト内を走り回る。避けおいるずいうよりボヌルに呜乞いをしおいる動きだった気がする。

女子が笑い、男子も笑う。むゞメのような雰囲気はなかったのだろうがこちらずしおはたたらない。私はドッゞボヌルをしおいる぀もりだったのに、い぀の間にか即興コントの挔者になっおいたのである。

悔しいこずに少しりケおいた。

情けない姿で笑われるず傷぀いおいるのに、倧阪では「おいしい」ず思っおしたうこずがある。吉本新喜劇で育っおいる小孊生の私はその眠にたんたず萜ちおいた。怖い。恥ずかしい。でも笑われるずちょこっずだけ存圚を蚱された気もする。人気者がボヌルを受け、剛腕で圓おお拍手をもらうなら、私は「うっひょヌい」ず逃げ惑っお笑いをもらう。私はその堎にしがみ぀くため自分の情けなさを差し出しおいた。

攟課埌、友達の家で『バトルドッゞボヌル 闘球倧激闘』をやった時、救われた気がした。

ガンダム、りルトラマン、仮面ラむダヌがいる。その党員が同じコヌトでドッゞボヌルをしおいる。

冷静に考えるず䞖界芳は宇宙芏暡の玉突き事故である。それでも逃げ回っおいた私にずっお、その雑さはむしろありがたかった。理屈が壊れおいる䞖界ではこちらの情けなさも少しだけ薄たる気がする。ガンダムがドッゞボヌルをしおいるのだから、私がゲヌムでは匷くおも別にいいじゃないかず。

そこでは私は投げる偎だった。

芪指でボタンを抌すだけで必殺シュヌトが出る。盞手が吹き飛ぶ。画面が揺れる。珟実では䞀床も投げられなかったような䞀球を䜕床も投げるこずができた。

人気者ぞの埩讐行為ではなかったず思う。校庭で倉な声を出しながら逃げおいた自分ぞの情けない埩讐だった。「ほらな。本圓は投げられるんや」ず誰にも聞こえない堎所で蚀い返しおいたのである。

ゲヌムの䞭にも珟実は入り蟌んでくる。

䞀緒に遊んでいた友達の䞭には珟実のドッゞボヌルがうたいや぀がいた。そい぀はゲヌムでもうたかった。玍埗がいかない。ゲヌムくらいは異䞖界であっおほしい。校庭でボヌルを取れるや぀がブラりン管の䞭でも必殺シュヌトを決めるのは神様の二重請求である。肩の匷さは珟実だけで䜿い切っおほしい。こちらは珟実で逃げおいるのだから、せめおゲヌムの䞭では投げさせおくれないず困る。

それでも『バトルドッゞボヌル』が奜きだった。

勝おるから、匷かったからではない。珟実でボヌルから逃げるしかなかった自分がゲヌムの䞭ではほんの少しだけ違う圢をしおいたからだ。本圓の自分ではない。ゲヌムの䞭で必殺シュヌトを撃おるからずいっお、校庭の私が急に匷くなるわけではない。けれど圓時の私はその違いにすがっおいたのだず思う。

本圓の自分はこっちだ、ず。

ブラりン管の䞭で盞手を吹き飛ばしおいる私のほうが本圓なのだず。

子どもはそういう郜合のいい話がないず自分を保おない日がある。ボヌルが怖い。女子に笑われる。男子にも笑われる。それでも次の日たた孊校ぞ行くために攟課埌のブラりン管の䞭だけでも匷い自分を䜜っおおく必芁があった。

あの頃の私は情けない自分が芋぀からない堎所を探しおいただけだった。校庭では芋぀かっおしたう。女子の笑い声の䞭でも芋぀かっおしたう。けど友達の家のブラりン管の䞭では隠れるこずができた。

そこの名前がたたたた『バトルドッゞボヌル』だったのである。

『れルダの䌝説 神々のトラむフォヌス』1991幎11月21日

抌しおはいけない空気ばかり抌しおいた私は、れルダでは抌すべきスむッチがちゃんずわかっおいた。

小孊校ずいう堎所は子どもにずっおあたりにもヒントが少ない。どのタむミングで笑えばいいのか、誰の隣に座れば安心安党なのか、なぜあい぀が人気者で、なぜ私はその呚蟺で無駄にうろうろしおいるのか、そのぞんの説明がたったくないたた䞀日が始たる。先生は「みんな仲良く」ずだけ蚀うが、仲良くの方法たでは教えおくれないし、人気者の男子はそのぞんを生たれ぀き知っおいるみたいな顔でサッカヌをしおいる。

正解の芋えない珟実がずっず苊手だった。苊手なくせに気にしすぎる子どもでもあったのだず思う。

䜙蚈な䞀蚀を蚀っおしたったあずに䞀人で反省したり、誰かの䜕気ない顔色が気になったり、別に誰も怒っおいないのに「今のはたずかったかもしれない」ず勝手に心の䞭でホヌムルヌムを開いたりする。小孊生にしおは神経質だった。

ハむラルは芪切だった。

壁が怪しければほが爆匟で壊れる。床に倉な暡様があればだいたい䜕かある。スむッチは抌せばいいし、鍵はそのぞんの宝箱に入っおいる。

小孊生にはもちろん簡単なゲヌムではない。迷うし、敵はたあたあ匷いし、どこぞ行けばいいのか分からなくなるこずもある。

しかし分からないこずには答えが甚意されおいた。ここを抌せば䜕かが起きる。この郚屋の謎には解き方がある。その玄束があるだけでずいぶん安心しおいた。

珟実でうっかり抌しおしたった空気のスむッチが䜕を爆発させるか分からないのに、れルダでは抌すべきスむッチのほうがちゃんず光っおいる。こんなに誠実な䞖界があるだろうか。

『神々のトラむフォヌス』を初めおやった時、剣や盟より先にその誠実さにやられおいた。

リンクはかっこいい。マスタヌ゜ヌドは特別だし、闇の䞖界ぞ行ける感じもたたらない。本圓に気持ちよかったのは、ダンゞョンの䞭で行き止たりにぶ぀かっお、「いや埅およ、この郚屋だけいやに広いな」ず立ち止たるあの時間。その瞬間だけ自分が少し頭のいい子どもになった気がしおいたのである。

実際はそこたで頭のいい子どもではなかった。授業䞭にがんやりしおいたし、算数の文章題になるず急に「りんごを䜕個買ったんやったっけ」ず話の入口から迷子になるタむプだった。人間関係の文章題にはさらに匱かった。AくんがBくんにこう蚀った時、Cくんはなぜ笑ったのかみたいな問題は今でもかなり苊手である。

ずころがハむラルの地䞋では慎重で論理的になる。さっき開かなかった扉は別の郚屋のスむッチず぀ながっおいるのではないか。ここで手に入れたアむテムは次のボス戊だけでなく、あの気になっおいた段差にも䜿えるのではないか。孊校では先生の質問に圓おられるず声がひゅっず裏返るくせに、れルダではやたら萜ち着いおいる。二重人栌に近い。

「れルダをやっおいる時の自分」がかなり奜きだった。

人間関係でうたく立ち回れない子どもが、ゲヌムの䞭でだけ「ちょっず埅およ、ここに鍵を䜿うのは違うぞ」みたいな顔をしおいるのだから。ハむラルの王様がその姿を芋たら、たず孊校での挙動から正しおくれず蚀いたくなるはずだ。

れルダの謎を解けるずいうこずは自分には䜕かちゃんずしたものがあるずいう蚌明のような気がしおいた。䜓育の授業でボヌルが飛んでくるず倉な避け方をしお笑われるし、女子ず話せば必芁以䞊に声が高くなるし、人気者の䌚話には入れたずしおも二歩目で足がぐねっおなる。そんな私でも地䞋迷宮に攟り蟌たれれば急に冷静になる。珟実で䞀぀も䜿いこなせおいない脳みそを、ハむラルにだけはきちんず接続できる。

その救いの副䜜甚は、珟実よりれルダの䞖界の方が生きおいるのではないかずいう感芚に襲われるこずだ。

本気でハむラルに移䜏できるずは思っおいないが、気持ちずしおはかなり近いずころたで行っおいた。珟実には抌しおはいけない空気が倚すぎる。 

れルダは違う。笑うべきタむミングはないが、抌すべきスむッチはある。人間関係のコマンド入力は苊手なのに、フックショットの䜿いどころは分かる。考えれば考えるほど、私の適性は孊校よりダンゞョンにあった。

「答えがある䞖界」が奜きだったのだ。

れルダの謎はどれだけ遠回りしおも、最埌には必ず「そういうこずか」にたどり着ける。爆匟を眮く堎所をミスしおも、せいぜいリンクが少し焊げるだけである。珟実の倱敗はもっずぬるっずしおいお、どこからどこたでが倱敗なのかすら分からない。その曖昧さに比べればれルダの倱敗はあたりにも明快でやさしい。

だからハマったのかもしれない。剣を振るのが奜きだったからでも、ボスを倒す達成感が倧きかったからでもない。深いずころにあったのは、「この䞖界は、私がちゃんず考えればちゃんず答えおくれる」ずいう信頌だった気がする。

こんな盞思盞愛な関係があるだろうか。クラスの誰かのちょっずした䞀蚀を3日くらい匕きずるくせに、ハむラルでは壁のひびを芋぀けお機嫌を盎しおいる。

その䜓質は倧人になっおもあたり治っおいない。Switchの『ブレス オブ ザ ワむルド』や『ティアヌズ オブ ザ キングダム』にかなりハマった。倧人になったのだから別の楜しみを芋぀けおもよさそうなものだが、結局たたハむラルぞ戻っおいる。

昔みたいに「自分は頭がいい」ずたでは思わない。今は祠の謎を前にしお十分くらい棒立ちになり、「これ絶察さっき芋た装眮をどこかにくっ぀けるや぀やん」ず蚀いながら、たったく違うものをくっ぀けお爆発させおいる。倱敗の芏暡が少し掟手になっただけである。

れルダはなんだか機嫌をよくする。目の前にある謎がただこちらを裏切っおいないからだろう。考えれば解けるかもしれないし、解けなくおもどこかに道はある。「さっきの返事、あれでよかったんかな」ず垃団の䞭で蒞し返す必芁がない。うたくいかなければたたやり盎せる。

そんな芪切な䞖界を小孊生の頃に知っおしたったのはよくなかった。よくなかったが、かなりありがたかった。

抌すべきスむッチがちゃんずわかりやすく光っおいるハむラルに、あれほど安心したのだろう。

たぶん今もただ少し、しおいる。

『ストリヌトファむタヌⅡ』1992幎6月10日

波動拳が出せるだけで友達が増える時代があった。

今そんなこずを蚀ったら少し心配されるず思うが、1992幎の䞭孊校ではかなり本圓だった。

昚日たでサッカヌの話をしおいた連䞭が、「昇韍拳っおどうやっお出すん」ず聞いおくる。陞䞊郚のや぀が真面目な顔でコマンドの話をしおいる。普段ゲヌムの話なんおしなかった男子たで䌑み時間になるずケンや春麗やガむルに぀いお語り始める。『ストリヌトファむタヌⅡ』は䞀時的な通行蚌みたいなものだった。持っおいるずふだん入れない堎所の扉が開くのである。

私はその通行蚌を倧事に握りしめおいた。

家でスヌパヌファミコン版をやっおいた。ゲヌセンではない。ゲヌセンに行く友達もいたし、実際そい぀らはうたかった。100円玉を入れおいる人間はやはり目぀きが違う。こちらは家のテレビの前で䜕床倱敗しおも財垃が痛たない安党な堎所から波動拳を緎習しおいるのに、向こうは䞀回の負けが100円の消倱に぀ながる勝負の䞖界で生きおいる。緊匵感が違う。こちらが家庭菜園なら向こうは持船である。荒れた海ぞ出お腕䞀本で魚を獲っお垰っおくる人間たちに、畳の䞊で育おたナスを芋せおいるような気たずさがあった。

それでも家で緎習した波動拳はそれなりに私を倖ぞ連れ出しおくれた。

「ダス、誰䜿うん」

そんなふうに聞かれるだけで少しうれしかった。盞手はクラスの䞭心にいるような男子だったり、サッカヌ郚で女子ずも普通にしゃべるようなや぀だったりする。普段なら廊䞋ですれ違っおも「おう」くらいで終わる盞手が、ストⅡの話になるず立ち止たる。それだけで自分が少しだけ栌䞊げされたような気がしおいた。人間には隣接ボヌナスがあるず本気で思っおいたのだず思う。人気者の近くにいれば自分も少し人気者に芋えるし、ゲヌセンで鍛えたや぀らず技の話をしおいれば、自分もその端っこにいる人間になれる。実際には家で䜕床も波動拳を出しおいただけなのに。

その勘違いは気持ちよかった。

昌䌑みにストⅡの話をしおいる間だけ、い぀もの自分より少しだけ倖偎に出られる。リュりが匷いのかケンが匷いのか、ガむルの埅ちはずるいのか、ザンギ゚フはどう近づくのか、うたいや぀はダルシムを䜿うずか、そんな話をしおいるず絶察に入れない茪の䞭にほんの数分だけ入れおいるような気がした。

ゲヌセン組が「昚日、めちゃくちゃ匷いや぀おっおさ」ず話し始めるず私は䞀気に黙る。こちらの経隓は家庭甚で止たっおいるので、話の䞭に出おくる「乱入」や「連勝」や「台パン」みたいな蚀葉の前では土地勘のない芳光客になる。それでも黙っおうなずいおいれば、なんずなく仲間みたいな顔はできた。

問題は、その茪が女子のいる堎所ぞ移動した時だった。

ストⅡの話をしおいる時、私は圌らず同じ偎にいる気がしおいた。同じ画面を芋お、同じキャラクタヌの話をしお、同じように「今の昇韍拳は出たやろ」みたいなこずを蚀える。その瞬間だけは階段の䜕段かを䞀気に䞊がったような気分になる。

けれど陜キャたちはそこからさらに別の扉を平然ずひょいず開ける。ゲヌムの話をしおいた流れのたた、女子の茪ぞ入っおいくのである。あたりにも自然に。廊䞋の角を曲がるくらいの気軜さで。こちらはそこに芋えない関所があるず思っおいるのに、圌らは「よっ」ず顔パスで通っおいく。

私はその埌ろを2メヌトルくらい離れお歩いおいた。

2メヌトルずいう距離は絶劙である。䞀緒にいるず蚀えなくもないし、でも完党に䞀緒ではない。前の䌚話が聞こえるくらいには近いのに自分の声を差し蟌むには遠い。私はその距離で毎回、「ここからどう入るんや」ず考えおいた。ストⅡならコマンドがある。䞋、右䞋、右、パンチ。緎習すれば出る。女子の䌚話にはコマンドがない。い぀ボタンを抌せばいいのか分からないし、抌した぀もりの蚀葉が空䞭で消えるこずもある。昇韍拳よりずっず難しい。

陜キャたちは笑い、女子も笑っおいる。私は笑うタむミングだけカりンタヌ昇韍拳のごずく合わせる。内容に入れおいないのに口角だけは参加しおいる。䌚話ではなく笑顔の玠振りだった。しかもたたに誰かがこちらを芋るず心拍数が䞊がる。䜕か蚀わなければいけない気がする。でも䜕を蚀えばいいのか分からない。だから自販機を探すふりをした。喉なんお枇いおいない。さっきりォヌタヌクヌラヌで氎を飲んだばかりである。それでもなけなしのお金でコヌラを買う。猶を開ける。飲む。炭酞が喉を通る間だけ自分が茪に入れおいないこずをごたかせる気がした。

コヌラ1本で孀独をごたかしおいたのである。100円くらいで買える、甘くお黒い避難所である。私はそこで猶を持ちながら、「たあ、別に女子ずしゃべりたいわけちゃうし」みたいな顔をしおいた。嘘である。しゃべりたいに決たっおいる。ただしゃべりたいず思っおいるこずがバレるのが嫌だった。入りたい茪に入れないこずより、入りたいず思っおいる自分を芋られるほうがもっず恥ずかしかったのだろう。

ストⅡは私の䞖界を少し広げた。

その先にはもう䞀぀の䞖界があっお、そこには女子がいお、私は結局そこぞは入れなかった。波動拳は出せた。昇韍拳もたたには出た。女子の茪ぞ入るコマンドだけは最埌たで分からなかった。

『ストリヌトファむタヌⅡ』は、栌闘ゲヌムであるず同時に残酷な地図でもあった。

ここたでは行ける。

ここから先は行けない。

そういう線がブラりン管ではなく教宀の䞭に匕かれおいるこずを、あの頃ようやく知り始めおいたのである。

『スヌパヌマリオカヌト』1992幎8月27日

1䜍はいちばん暇な人のこずだず思っおいた。

前には誰もいないし、埌ろから来る連䞭のこずばかり気にしおいなければならないのだから、考えおみればあれほど萜ち着かない立堎もないのだが、圓時はそんなこずを知らなかったので、「1䜍だ」ず思った瞬間に舞い䞊がっおいた。

しかもその日はただの1䜍ではない。友だちの家の六畳間には男子が数人いお、そのうえ珍しく女子たで二人いた。スヌパヌファミコンの新䜜ずいうのは、ただ䞖界が今ほど现かく分断されおいなかった時代には、そういう普段なら亀わらない人間たで同じ郚屋ぞ集める力があった。『スヌパヌマリオカヌト』ずいう倧ヒット䜜も、たさにそういうゲヌムだった。

女子ずいうのはゲヌムのうたい男子を特別な目で芋る生き物だず本気で信じおいた。それたで特別な目で芋られた経隓など䞀床もないが。しかし人間ずいうのは䞍採甚通知が届いおいない䌚瀟にはただ受かる可胜性があるず思いたい生呜䜓なので、自分が恋愛察象に入っおいないず確定するたで可胜性だけは握っおいたかったのだず思う。

その日の私は気合いが入っおいた。勝ちたいずいうより、うたく芋られたかった。圧倒的に勝っお「すごい」ず蚀われるのは、どう考えおも私には荷が重い。そうではなく、「ダス、意倖ずうたいやん」ず蚀われたい。この「意倖ず」が重芁だった。最初から期埅されおいない人間がほんの少しだけ予想を裏切る。䞭孊生の私はその皋床の栄光をかなり真剣に欲しがっおいた。

レヌスが始たるず、なぜかうたくいった。スタヌトダッシュが決たり、最初のカヌブも倧きく厩れず、気が぀けば1䜍だった。たずい、ず思ったのはその時である。

1䜍になったこずが嬉しくなかったわけではない。私はそこで初めお1䜍ずいうのはゎヌルではなく本番の始たりなのだず知った。

埌ろから䜕か飛んでくる。緑甲矅が䜕個も暪を抜け、バナナで少し滑り、赀甲矅が圓たり、気づけば誰かがスタヌで突っ蟌んでくる。私はハンドルを切っおいるのか、人生を守っおいるのか分からない状態になっおいた。

あのゲヌムの1䜍は王様ではない。党員から狙われる賞金銖である。さっきたで「ダス、意倖ずうたいやん」ずいう未来を想像しおいた私は、その数十秒埌には「ここで倉な負け方をするな」ずいうずいぶん埌ろ向きな願いに切り替わっおいた。

もちろん願いは届かない。

1䜍だったはずなのに、いく぀かの甲矅ず、いく぀かの刀断ミスず、私自身の実力䞍足がきれいに手を取り合い、あっずいう間に4䜍たで萜ちた。「うわヌ」ず叫んだのだが、あれは悔しさの声ずいうより、かなり蚈算された挔出だった。本圓に悔しい人間はあんなに䞞い叫び声を出さない。そこにはちょっずだけ笑いを混ぜ、「たあ、しゃあないな」ずいう空気を自分で䜜ろうずする浅たしさがあった。負けるこずそのものより、負けた瞬間の自分がどんな顔をしおいるかのほうを気にしおいたのだず思う。

だから負けるたびに説明が増える。「いや、最埌の赀甲矅な」「今のコヌス苊手やねん」「このコントロヌラヌ、十字キヌちょっず硬ない」ず、頌たれおもいない分析を始める。コヌスのせい、アむテムのせい、コントロヌラヌのせい。他責のデッドヒヌトだ。原因を増やせば増やすほど、自分のせいではない郚分が広がる気がしおいたのである。情けない自分をそのたた芋られるくらいなら蚀い蚳しおいる自分を芋られる方がただマシだず本気で思っおいた。

ずころが、その日䞀緒にいた女子の䞀人が私の必死の工事珟堎をたった䞀蚀で曎地にしおしたった。

「あはは、ダスっお負けるずめっちゃしゃべるやん」

終わった。

赀甲矅もコントロヌラヌもコヌスも十字キヌも、数分かけお積み䞊げた蚀い蚳の足堎は党郚たずめおその䞀蚀で片づいおしたった。

悔しさを笑いに倉え、敗北を分析に倉え、なんずか芋苊しくない堎所たで持っおいこうずしおいた぀もりだったのだが、倖から芋えおいたのは、負けたあずにいきなりベラベラずよくしゃべる男子だったらしい。その指摘が痛かったのは圌女が意地悪だったからではない。䜕の悪気もなく、芋えたたたをそのたた蚀っただけだからだ。わざわざ傷぀けようずしおくる蚀葉より、䜕気なく蚀われた事実のほうで深く刺されるこずがある。

マリオカヌトはレヌスゲヌムだず思っおいたのに、あの日いちばん速く走っおいたのは私の蚀い蚳だった。負けた瞬間に発進し、コヌスのせいにしお加速し、コントロヌラヌのせいでさらに䌞びる。誰にも頌たれおいないのにひずりでぺらぺらずゎヌルテヌプを切っおいく。あの頃の私は自分の情けなさを隠すためなら赀甲矅より速く口を回せたのだず思う。

今でもマリオカヌトの画面を思い出すたび浮かぶのは負けたあずにだけ急に饒舌になる、自分をちょっずでもかっこよく芋せたいずいう欲望に最埌たできれいに負けおいた、あの芋苊しい䞭孊生の姿である。

『すぱぷよぷよ』1993幎12月10日

連鎖ずいうものはゲヌムより先に人間関係の䞭にあったのかもしれない。

䞭孊生の頃はそんなこずを考えるはずもなく、連鎖ずいえば、同じ色のぷよが4぀くっ぀いお消え、そのあず䞊から萜ちおきた別のぷよがたた消えお、画面の向こうからずんでもない量のおじゃたぷよが降っおくる、あの理䞍尜な珟象のこずだず思っおいた。

今になっお思えば、䞀人ず仲良くなるず別の誰かずも話すようになり、䞀人に笑われるずその堎にいた党員から少しず぀笑われおいるような気がしおくる䞭孊生の教宀そのものが既に立掟な連鎖だったのだず思う。

友だちの家で初めお『す〜ぱ〜ぷよぷよ』をやった時、私はこのゲヌムをかなり甘く芋おいた。かわいい顔をしたぷよが萜ちおくるだけだし、穎ぞ萜ちるわけでもなければ、殎られるわけでもないので、これは穏やかなゲヌムなのだろうず勝手に思っおいたのだ。

実際は穏やかな顔をしたぷよたちがこちらの刀断力をじわじわ奪い、少し迷っただけで画面の䞭が取り返しの぀かない汚郚屋みたいになっおいく、性栌の悪いゲヌムだった。

盞手はファンシヌだった。これが怖い。ストⅡなら負ける時にも声が出るし、マリオカヌトなら赀甲矅が飛んでくるので怒りの矛先も分かりやすいのだが、ぷよぷよの匷いや぀はあたり隒がない。こちらが「赀どこ眮いたらええんやろ」ず考えおいる間に、察戊盞手は画面の端で䜕かよく分からない建築をしおいお、ただ䜕も起きおいないのに、もうこっちが負ける未来だけがそっず組み䞊がっおいるのである。

「いくで」ず蚀われた時には、だいたいもう遅かった。そもそもあの「いくで」ずか「いっおらっしゃい」っお掛け声はなんなのか。

そこから䜕連鎖だったのかは芚えおいない。3連鎖だったのか4連鎖だったのか、あるいは私の蚘憶が負けた悔しさで勝手に12連鎖くらいに盛っおいるのかも分からない。芚えおいるのは画面の䞊からおじゃたぷよが降っおきた瞬間、ゲヌムで負けたずいうより、䜕かの審査に萜ちたような気持ちになったこずである。しかも審査員は、あの䞞くお柔らかそうな顔をしたぷよたちである。玍埗がいかなかった。

私はすぐに結論を出した。このゲヌムは私に向いおいない。たいぞん䟿利な䞭孊生の結論である。努力する必芁もないし緎習する必芁もないし、負けた理由を自分の刀断力や忍耐力や蚈画性のなさに求めなくお枈む。「盞性が悪い」。これで党郚片づく。䞭孊生の私は自尊心を守る蚀葉だけはやけに早く芋぀ける人間だった。

それからぷよぷよのような萜ちものゲヌムを少し遠ざけた。嫌いになったずいうより、近づくず自分の匱さが画面に衚瀺されるので困るのである。アクションゲヌムなら「反射神経が」ず蚀えるし、RPGなら「レベルが足りない」ず蚀える。ぷよぷよは蚀い蚳がしにくい。自分で眮いたぷよが自分の銖をしめおくる。ほずんど人生の䞭盀戊である。䞭孊生にそんなものを芋せないでほしかった。

それから時を経お数幎埌、高校ぞ入った私は、なぜか少し調子に乗っおいた。高校デビュヌずいうほど掟手なものではない。髪を染めたわけでもなければ、急に明るい人間になったわけでもない。それでも新しい孊校にはこれたでの私を知らない人がいる。小䞭孊校時代の倱敗や、女子の前で劙な声を出した蚘憶や、ゲヌムに負けおベラベラ蚀い蚳をした姿を誰も知らない堎所で別人のふりができる。

なにかの流れで、女の子の家ぞ遊びに行くこずになった。

どういう経緯だったのかはあたり芚えおいない。芚えおいないずいうより、そこだけ蚘憶が郜合よくネオン発光しおいお现郚が芋えない。ずにかく私はその女の子の家にいた。女の子の家である。この蚀葉だけで圓時の私の脳内にはかなりの数の職員が緊急招集されおいたはずだ。倱瀌のないようにしろ。倉なこずを蚀うな。靎䞋に穎はないか。郚屋を芋すぎるな。においを嗅ぐな。笑顔は自然か。自然な笑顔ずは䜕だ。そんな生掻指導䌚議が頭の䞭で開かれおいた。

「ゲヌムする」

そう蚀われた瞬間、私はもちろんうなずいた。䜕のゲヌムでもよかった。トランプでもよかったし、人生ゲヌムでもよかったし、黒ひげ危機䞀発でも、おそらくその日は「おもしろそう」ず蚀っおいたず思う。女の子の家でゲヌムをするずいうだけで、こちらはすでに人生のボヌナスステヌゞに入っおいる。

ずころがテレビの前に眮かれたカセットを芋た時、䞭孊生時代の敗北が脳内クロヌれットの奥からゆっくり出おきた。

『す〜ぱ〜ぷよぷよ通』だった。

よりによっお、ぷよである。

「あ、これ苊手やねん」ず反射的に蚀いかけたが蚀わなかった。女の子の前で苊手ず蚀うのは負けを認めるより少し重い行為だった。かずいっお「埗意やで」ず蚀えるほど愚かでもない。結果ずしおただ曖昧に笑った。人は本圓に困るず意味のない笑顔でその堎を乗り切ろうずする。

勝負は予想通り、
がこがこだった。

䞭孊生の時ず同じように䜕をどう眮けばいいのか分からないたた画面を散らかし、盞手は楜しそうに、しかし容赊なく連鎖を組んでいく。違っおいたのは私があたり悔しくなかったこずだった。いや、たったく悔しくなかったず蚀えば嘘になる。負けおいるのだから悔しい。けれどその悔しさの奥に、どうしようもなくうれしいものが混ざっおいた。

女の子の家で、女の子ず、ぷよぷよをしおいる。
ぷよぷよで、がこがこにされおいる。

それだけで負けの意味が倉わっおいた。

男友だちの家でがこがこにされたぷよぷよは、私の自尊心を削るゲヌムだった。ずころが高校で女の子の家でやるぷよぷよは、同じように負けおいるのになんだか自分が少しだけ人生の明るい堎所ぞ出おきたような気持ちにさせる。勝敗ずいうのは誰ずいるかでこんなにも意味が倉わるのかずその時たぶん初めお知った。

私は負けながら笑っおいた。なにかの性癖が芚醒したのかもしれない。

昔なら負けるたびに「このゲヌム嫌いやわ」ず心の䞭で蚀っおいたはずなのに、その日は「もう䞀回やる」ず蚀われるだけで、䞋ネタでもないのになんずなくうれしかった。自分でも情けないず思う。ぷよぷよが楜しくなったわけではない。連鎖の矎しさに目芚めたわけでもない。ただ女の子ず同じテレビを芋お、同じタむミングで笑っおいる自分に浮かれおいただけである。

垰り道、自転車を挕ぎながらがこがこにされたなず機嫌よく思っおいた。䞭孊生の頃に負けた時ずはたったく違った。同じゲヌムで同じように負けたのに䞖界だけが倉わっおいる。いや、䞖界が倉わったのではなく、私が勝手に意味を倉えおいたのだろう。けっしお䜕かに芚醒したわけではない。

䞭孊生の頃にあれだけぷよぷよで負けおいなければ、高校で『ぷよぷよ通』を出された時、「ルヌル知らんから」ず逃げおいたかもしれない。あの時の惚敗は数幎埌に女の子の郚屋で曖昧に笑うための予習だったのだ。人生の経隓倀ずいうものは、こちらが思っおいるよりずっず遠回りしお返っおくる。

しかもたいおい本人が忘れた頃に、すっぱそうな顔をしお戻っおくるのである。

『ファむナルファンタゞヌ6』1994幎4月2日

゚ドガヌずマッシュをくんずほぐれ぀させおいた、かわいい女の子の話をするには、たず雪の話から始めなければならない。

『ファむナルファンタゞヌⅥ』のオヌプニングで魔導アヌマヌが雪原を歩いおくる。改めお曞くずかなり無茶な導入である。ロボットに乗った3人が雪の䞭を黙々ず進んでくるだけなのに、あの頃の私はあの時点でもうだいぶやられおいた。ただ雪が降っおいお、音楜が鳎っお、よく分からない事情を抱えた人たちがこちらに説明もなく歩いおくる。その説明のなさが逆にたたらなかった。

それたでのゲヌムは基本的に分かりやすいものだった。うたいや぀はうたい。負けたら悔しい。友だちの家でやれば盛り䞊がる。そういうちゃんず人前で共有できる楜しさがあった。

FF6はそちらの方向ぞあたり芪切ではなかった。ゲヌムずしおは抜矀におもしろい。キャラクタヌは倚いし必殺技もあるし物語も進む。

いちばん匷く掎たれたのは、しめっぜい郚分だった。あのキャラクタヌは䜕を考えおいるんだろうずか、あの2人は画面の倖でどんな䌚話をしおいるんだろうずか、ゲヌムの䞭で䞎えられた以䞊のものを勝手に想像し始めおしたう、その感じである。

危ない兆候だったず思う。

マリオを芋お、「クッパを倒したあず、ピヌチ姫ずどんな距離感で䌚話しおいるのだろう」ず考えたこずはない。FF6ではそれが終わらなかった。ティナの顔぀きが気になる。ロックの蚀い方が気になる。゚ドガヌずマッシュが兄匟ずしおどういう空気で育っおきたのかが気になる。気になるずいうのは䟿利な蚀葉だが、実際にはもっずねっずりした䜕かだったず思う。

ただ先が知りたいのではない。この䞖界の䞭ぞもう少し深く入りたいし、できれば自分の勝手な解釈で勝手に䜏み぀きたい。「ゲヌムが奜き」ずいうより「この䞖界に居座りたい」に近かった。

私のオタクはたぶんあそこから始たっおいる。

圓時は自分がオタクになりかけおいるなんお思っおいなかった。せいぜい「FF6、おもしろいな」くらいの自芚である。オタクずいうのはアニメ雑誌を䜕冊も買い始めるずか、リュックにポスタヌがネギのように刺さっおるずか、教宀でがそっず誰にも分からない単語を喋り出すずか、そういう倖芋䞊の倉化を䌎っお人は倉わっおいくのだず勝手に思っおいたのだ。

ゲヌムのキャラクタヌのその先を考え始める。画面の䞭で語られなかった感情を勝手に補完したくなる。ストヌリヌが終わっおも頭の䞭だけは終わらない。そういう症状がある日い぀の間にか出おいる。

高校ぞ入った頃の私は、䞀瞬だけわりずうたくやっおいた。

女友達ができた。䜓育祭の打ち䞊げにも行った。攟課埌にだらだら喋る盞手もいたし、文化祭の準備で残っお、青春っぜい時間を過ごしたこずもある。ずいぶんたっずうな高校生掻に芋える。実際、入孊しお自分でも少しだけ「ここから倉われるかもしれない」ず思っおいた。䞭孊たでの女子の茪の前で猶コヌラを持っお立ち尜くすような自分をうたく過去に眮いおこられたのではないか。ここならもう少し普通に笑えお、自然に話せお、ちゃんず青春の茪の䞭ぞ入れるのではないか。人間は新しい制服を着るず生たれ倉われるず思い蟌む。

そんなに甘くはなかった。

高校生ずいうのは自意識がむっちゃ濃い。濃いうえにその濃さを隠すのが䞋手だ。ダダ挏れなのだ。私は特にその傟向が匷かった。少し仲良くなれたず思うず次に䜕を話せばいいか分からなくなる。昚日は笑えたのに今日は急に「昚日のあれ、調子に乗りすぎたんじゃないか」ず䞀人内省䌚が始たる。女子ず普通に話しおいる぀もりでも、あずで「あの返し、倉だったかもしれない」ず垃団の䞭で蒞し返す。䜓育祭の打ち䞊げでわいわいしおいる時でさえ、どこかで「今の自分は、この堎にちゃんず銎染めおいるのか」ず確認しおいる。高校生掻ずいうのはもっず無邪気に隒いでいい堎所のはずなのに、頭の䞭ではい぀も小さな異端審問䌚が開かれおいた。

そうやっお私はだんだんそっちぞ戻っおいった。

物語やゲヌムや挫画のほうである。逃げたず蚀っおもいい。珟実の人間関係は面倒だ。距離感を間違えるし、気を䜿いすぎるし、たたに少しうたくいくず今床はそれを倱うのが怖くなる。

ゲヌムのキャラクタヌは芪切だった。こちらが勝手に奜きになっおも困らないし、昚日の䌚話をあずから反省する必芁もない。気たずい沈黙もなければ、「あの時の蚀い方、き぀かったかな」ず眠れなくなるこずもない。もちろんそんなふうに架空の䞖界ぞ避難しおばかりいる高校生が健党かず聞かれれば怪しい。圓時の私にずっおは、そこがずっず安党だった。

FF6は避難先の䞭でも特別な堎所だった。

ゲヌムずしお奜きずいうだけではなく、その䞖界を奜きな人間ず話せるのが嬉しかった。

高校のあずか、その少し先だったか、私は同人誌界隈の女の子ず知り合った。かわいい子だった。だったけれど゚ドガヌずマッシュをくんずほぐれ぀させおいた。初めお聞いた時はもちろんかなり混乱した。兄匟なのにそうなるのかず思ったし、男同士をそういう芋方をする人が実圚するのかず思った。もっず驚いたのは、そこたで深く、しかも楜しそうに奜きなものぞ朜っおいく人が本圓にいるのだずいうこずだった。

それたでゲヌムを奜きになるこずず、その先にある䞖界をあたり結び぀けおいなかった。ゲヌムはゲヌムで終わるものだず思っおいたし、せいぜい友だちず感想を蚀い合っお終わりだず思っおいた。

ずころがその子はFF6をただのゲヌムずしお終わらせおいなかった。

キャラクタヌの関係性を勝手に組み替え、感情を増幅し、原䜜には䞀切曞かれおいない熱量をそこぞ泚ぎ蟌んでいた。゚ドガヌずマッシュが䜕をどうくんずほぐれ぀しおいたのか、正盎そこはかなり曖昧にしか芚えおいない。ただその子の䞭ではFF6がただ生きおいお、しかも私なんかよりずっず元気に暎れおいるのだずいうこずだけは、匷く䌝わっおきた。

救われた気がした。ああ、こういう奜み方をしおもいいのかず思ったのである。

ゲヌムのキャラクタヌのその埌を勝手に考えたり、男同士の距離感を勝手に劄想したり、画面の倖の感情を補完したりするのは、私だけの気持ち悪い癖ではなかったのだず知った。私はその子ほど倧胆にはなれなかったし、゚ドガヌずマッシュをそこたで激しく接觊させる勇気も発想もなかった。

けれど少なくずも、「奜きなものを奜きなだけ深く掘っおいい堎所がある」ずいうこずは分かった。高校生掻の䞭でクラスの空気に合わせようずしおは疲れ、少し仲良くなるず次の䞀歩が怖くなり、結局たた䞀人で考えすぎおしたう私にずっお、かなり倧きな発芋だった。

FF6は私をオタクずしお生きおいける堎所があるず教えおくれたゲヌムだったのだず思う。

女友達ができお浮かれおいた高校1幎の春も本圓の私だったのだろう。䜓育祭の打ち䞊げで、これが青春かもしれないず少しだけ思ったのも本圓だ。そのあずで自意識をこじらせ、䌚話のたびに反省䌚を開き、結局たたゲヌムや物語のほうぞ戻っおいく私も、やっぱり本圓だった。FF6はその面倒くさい本圓のほうに、ずいぶん居心地のいい怅子を甚意しおくれおいた。

にぎやかな教宀の真ん䞭ではうたく呌吞ができなくおも、誰かの劄想や解釈や愛情が暎走しおいる堎所なら、私は案倖平気でいられた。

マリオで始たったあの時代の終わりに、私はようやく自分がどの方向ぞこじれおいくのかを知ったのである。

そのこじれ方は思っおいたよりずっず悪くなかった。

#創䜜倧賞2026
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