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『皇と公』第173話 やっぱり凄いよ光格天皇!👑〜将軍を含めて『天下の人皆王臣』と認めさせた名君〜

昔ジャンプの漫画で

『凄いよマサルさん〜セクシーコマンド外伝〜📕』

ってありました。あなたは読んでましたか!?。アラフォー世代なら名前くらいはは聞いた事くらいはあると思います。

名作ギャグ漫画ですよね!。30年くらい前の漫画だけど未だに内容を少し覚えています。そんな漫画のタイトルになぞらえて今日のテーマは『凄いよ光格天皇』です。不敬過ぎて怒られるかな(笑)。

さて光格天皇と言えば「尊号一件」と呼ばれる事件が有名ですよね。父親である典仁親王に「太上天皇」の称号を贈ろうとして江戸幕府と対立した事件です。結果的には光格天皇の願いは叶わず幕府の思惑通り「太上天皇」の尊号は却下されました。

上辺だけ見れば幕府の主張が朝廷を上回ったように見えます。しかし、事はそんな単純な物でもありません!!。よく見ると結構面白いのがこの「尊号一件」です。幕府としても薄氷を踏むようなヒヤヒヤした思いをしていたのです⚡

江戸幕府はこの事件において朝廷側の公家を処罰しています。しかし、幕府とて朝廷には非常に気を使わざるを得ませんでした。老中格の本多忠壽(ただとし)は幕府第一主義を取りながらも、朝廷を崇敬し融和するような措置を講じるべきという趣旨の主張をしています。

この点についての植崎九八郎は幕府へ上申書を提出しています。植崎はその中で、老中格の本多忠壽(ただとし)と同じような趣旨の発言をしています。

その文書には朝廷を「御崇敬、御大切にする事」が「天下泰平の根本」と記されています。植崎はその理由として「世上の人気」を挙げているのです❗。

朝廷に対する百姓・民衆の支持が強かった事が分かります。

さらに「小夜聞書」という書物には次のような注目すべき事が記されています。

『幕政批判の高まりという状況の中で朝廷に対する処置を誤るならば、諸大名が朝廷と結びつく事が懸念される❗。』

つまり幕府が朝廷崇敬に反するような措置を取るならば、大名が朝廷と結びつき反幕府的行動に走る危険性が指摘されていたのです‼️


実際、外様大名であった松浦静山は林述斎に対して次のように述べています。

私は朝廷の臣下(朝の臣)である。私は幕府に敵対する気は毛頭ありません。しかし万一、朝廷と幕府が敵対するならば朝廷に味方します。

しかし将軍自ら出陣するならば、弓矢は引きません。もしあなた(林述斎)が幕臣の立場を取り、朝臣である私と対峙するならば旧来の仲を捨て断固戦うだろう⚔️。』
 
幕府としても諸大名の反発がある事は当然考慮されていました。なので朝廷との融和、皇室尊崇を強化する対応を取らざるを得ませんでした。

そして尊号一件を通して幕府が公認せざるを得なかった事がもう一つあります。それが、

   『天下の人は皆王臣✨』


であるという事です。幕府は公家を処罰するに当たって「天下の人は皆王臣」という理論を取りました。諸大名も公家も同じ王臣だから、天皇から政権を委任された幕府は公家を処罰出来るという考えです。

幕府は尊号一件が起きるまでは天皇直属の公家に対しては遠慮する所がありました。その遠慮を除外する為に持ち出したのが「公家も諸大名も王臣」という理論です。

幕府は大名を天皇に無許可で処罰してきたから公家だって無断で断罪して良いと主張したのです。この理論は通りましたが、近世史家の藤田覚さんは著書『近世政治史と天皇』の中で重要な指摘をしています。それは、

「大名も王臣であると認めている点であり、それゆえに天皇と大名とのあいだに君臣関係が存在することを幕府が公認したことを意味している❗」

「大名は天皇の臣下、王臣として領内を統治して天皇・朝廷を守護する存在であると解釈される‼️」


という事です。
幕府や大名は朝廷の臣下、つまり「朝臣」である事は当たり前でしたが、改めて幕府はその立場を公認せざるを得ませんでした。


その事は儀礼的側面にも現れます。天皇の使者であると勅使と幕府の家臣が路上で出会った時の対応についてです。
この場面についても幕府は勅使の立場を上位とする作法をとる事を儀礼として認めるようになります

これは天皇と将軍の上下の序列を如実に表すものでした🔥。


光格天皇は尊号一件という一つの事件では幕府に負けたと言えるのかもしれません。しかし歴史を点ではなく線で見ると確実に別の見方が出来ます。

光格天皇の代において朝廷はその尊厳を非常に高い所にまで上昇させる事が出来たと言って良いでしょう。表面上に見える武力を超越する求心力が天皇にはありました。

その事を幕府に再認識させた偉人こそが名君・光格天皇です。この事は是非覚えておいて欲しい事です。



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