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『皇と公』第175話 「光格天皇と昭和天皇」〜受け継がれる『公』の精神〜

もうすぐ終戦の日ですね。今年もこの時期がやってきました。前回はジブリの名作「風立ちぬ」から「公」視点について見てみました。

今回は江戸時代の光格天皇の「公」意識と、終戦時における昭和天皇の「公」の精神について述べていきたいと思います。宜しくお願いします🙏。

光格天皇の代に起きた大きな事件と言えば天明の飢饉です。この飢饉では日本中で数多くの犠牲者が出ました。光格帝は民衆の苦境に非常に心を痛めていましたが、どうする事もできませんでした。

それは禁中並公家諸法度によって天皇が政治に口出しする事を禁止されていたからです。

しかし、この危機に際して光格天皇は政治に介入しないという禁忌を敢えて破ります。そして、幕府に対して救い米の供出を断固たる決意で要求したのです❗️。

幕府は天皇を咎めるどころか、指示通り民衆に対し米を提供しました。光格天皇の強い意志と民衆への慈愛の精神が幕府を動かす事になったのです。

本来、禁中並公家諸法度は非常に強い拘束力を持った法です。かつて徳川秀忠はこの法度を盾にして後水尾天皇の認めた紫衣の勅許を全て取り消しました。幕府の強い力を天下に示したこの事件は朝廷の記憶にも残っていました。

しかし光格天皇は全く怯む事なく毅然とした態度で幕府に臨みました。そして幕府をその指示通りに動かしたのです。

これは朝幕関係における画期的な出来事でした。

しかし、光格天皇は何故このような毅然とした行動をとる事が出来たのでしょうか❓。

その謎を解く一つのヒントが光格天皇が書いた書状にあります。そこにはこう綴られています。

『身の欲なく天下万民のみ慈悲に仁恵に存じ候事。人君なる者の第一の教え論語をはじめ、あらゆる書物に皆々この道理を書きのべ候事✨。』


『何分自身を後にし天下万民を先とし、仁恵・誠仁の心、朝夕昼夜に忘却せざる時は神も仏も御加護を垂れ給う事。誠に鏡に掛けて影をみるがごとくに候✨。』

 
光格天皇の慈愛の精神がよく表れているとても良い文書だと思います。天皇の地位にあるべき人間の覚悟が記されています。

『何分自身を後にし天下万民を先とし』

『身の欲なく天下万民のみ慈悲に仁恵に存じ候事。』


私利私欲を捨て天下万民に対する慈愛の気持ちを向ける事に専念するという決意が伝わってきます。

『自分を後回しにして天下万民を最優先する❗』


この覚悟があったから幕府に対しても怯む事なく対峙できたんですね🌟。光格天皇及び歴代天皇にはこのような思想が常に根本にありました。

そして時代は下って昭和天皇にも同じことが言えます。昭和天皇は第二次世界大戦という激動の時代を生き抜いた天皇です。敗戦・降伏、占領という未曾有の国難を゙見事なまでに乗り越えた人でもあります。

敗戦時における昭和天皇と日本という国家は一つの大きな危機を迎える事になります。それは天皇と敵国アメリカの将軍マッカーサーとの対面でした⚔️。

この時、昭和天皇は日本の運命をたった一人で背負っていました。会見によって自分や国家の運命が、どうなるのか全く不透明な状況でした。不安しかなかったと思います。

しかし天皇は逃げませんでした。敗戦国元首として覚悟を持って、堂々とマッカーサーと向き合ってきました🔥

そして昭和天皇はマッカーサーに対して毅然とした態度でこう言います。

『私は国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行った全ての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決に委ねるためにお訪ねした。』


『敗戦に至った戦争の色々の責任が追及されているが、責任は全て私にある。文武百官は、私の任命するところだから彼らには責任はない。』


『私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお委(まか)せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい』


本当に凄いとしか言いようがない昭和天皇の覚悟です。歴代全ての天皇が積み重ね継承してきた「公」の精神の結晶がこの言葉です🌟。

歴代の全ての天皇と日本の民衆による『公の精神』の伝統が昭和天皇の言葉に繋がっていました。

昭和天皇も光格天皇も私利私欲を排して国家国民を第一に考える公意識を強く持っていました。そして両者とも言動が完全に一致しています。

終戦の日が近い今日この頃です。
小林よしのりさんの名著『昭和天皇』は凄くお勧めです❗。酷暑の夏をさらに熱くしてくれる最高傑作です🔥。




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