#37 誰も得してないのに、なぜワイドショーを続けるのか
昼のワイドショーを目にするたびに思う。
これ、まだやってるんだ……。
大谷、大谷、政治家の揚げ足取り、また大谷。
ホームランに一喜一憂し、政治家の発言には「視聴者の代表」みたいな顔でもっともらしい意見を言ってみる。
おじさんとおばさんの井戸端会議を、全国ネットで流しているような光景だ。
見ているのは、おしゃべり相手のいないお年寄り。
お茶の間で小さく頷きながら、ワイドショーのパネラーに同調する。
もはや“孤独を埋めるための雑談番組”。
それが、今の昼のテレビの現実だ。
お金がかからない番組は、強い
でも、あれを作っている現場が悪いわけじゃない。
理由はひとつ。とにかくお金がかからない。
ほぼスタジオだけで完結。ロケも取材も最小限。
出演者はギャラが高い人気者ではなく、スケジュールに余裕のあるベテランタレントや文化人。
局の解説委員が「わかってる風」に話をまとめてくれる。
新聞やネットニュースを眺めながら、数人で意見を言い合う。
それで2時間。ニュース素材は無料、コメントはタダ。
たまに作るVTRも過去素材を再利用。
これほどコスパの良い番組はない。
視聴率が低くても赤字にならない。
つまり、「やめる理由がない」のだ。
誰も見てないけど、埋めるにはちょうどいい
昔は、みのもんたさんの『朝ズバッ!』や『ミヤネ屋』が高視聴率を叩き出していた。
でも今は、まるで別世界。
なぜなら、視聴率の基準が変わった。
いまの個人視聴率では、いくら高齢者が見ても数字にほとんど反映されない。
測られているのは主に49歳以下の“購買層”。
つまり──
見ている人が増えても、「見られていない」と扱われる。
ワイドショーのメイン視聴者は高齢者。
だけどその人たちは、数字上「存在しない」ことになっている。
結果、画面の中では高齢者が喜びそうなトークをして、
外では「誰も見てない」と言われる。
もう、構造そのものが哀しい。
変えられない理由は「お金がないから」
『ラヴィット!』が朝の帯でバラエティの風穴を開けたように、
昼にも「革命」は必要だと思う。
でもそれが起きないのは、やっぱりお金。
VTR番組をやろうとすれば、スタッフもディレクターも増える。
ロケに出れば交通費、編集費、出演者のギャラも増えていく。
でも昼の枠は、どの局もギリギリの低予算。
「安くて長く続けられる番組」しか許されない。
だからワイドショーは続く。
つまらないけど、安定して作れる。
それがテレビ局の“昼の現実”だ。
誰も得していないループ
高齢者向けの番組を作る
→ 若者が「古い」と叩く
→ SNSで炎上
→ 「テレビって時代遅れ」と言われる
→ スポンサーが離れる
→ 予算が減る
→ さらに安い番組しか作れない。
このループ。
本当に、誰も得していない。
外から見ていて思うこと
僕は局の外部の人間だから、この枠を変える力はない。
でも、現場の人たちもわかっている。
「もうこの形、限界だよね」と思いながら、
それでも今日も放送している。
変えたくても、変えられない。
そんな“惰性の象徴”が、ワイドショーだ。
昼のテレビが、誰も見ていないのに、誰かを叩いている。
その光景こそ、いちばん時代遅れだと思う。
誰かが「もうやめよう」と言える日が来るまで、
今日もまた──大谷と政治家の話を繰り返している。
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