TOKIO松岡の発言はなぜ揉み消せなかったのか?──昔は機能していたテレビの安全装置
最近、ある発言をきっかけに
「今回は、なぜ裏で処理されなかったのか?」
と感じた人は多かったと思う。
TOKIO国分太一の問題が浮上して半年。
同じTOKIOの松岡昌宏の言葉をきっかけに、
日テレ上層部が対応に追われ、
人気番組「鉄腕ダッシュ」が終わるかもしれない、と報道されている。
どちらが正しいのか。
言うべきだったのか、黙るべきだったのか。
ここでそれを裁くつもりはない。
気になるのは、そこではない。
昔なら、ああいう話は表に出る前に処理されていた。
事務所と局の上層部が話をつけ、
現場には「決まった話」として降りてくる。
視聴者がその経緯を知ることはなかった。
でも今回は、そうならなかった。
この出来事は、出演者の発言力が強くなったから起きたのではない。
もっと単純で、もっと根深い理由がある。
テレビから、問題を内部で処理する“安全装置”が失われている。
そのことが、はっきり見えただけだ。
昔のテレビには「揉み消す力」があった
言い方は悪いが、昔のテレビには揉み消す力があった。
事務所と局の上層部が話し合い、
現場に話が降りてくる前に決着がつく。
表には出ない。
視聴者は何も知らない。
番組は何事もなかったかのように続く。
健全だったとは言えない。
忖度もあったし、歪みも多かった。
でも同時にそれは、
番組が爆発しないための安全装置でもあった。
機能していない安全装置
最近、その装置が壊れた感覚を多くの人が感じたと思う。
ザ!鉄腕!DASH!!をめぐる一連の報道、
そして酒のツマミになる話の終了。
さらに、それに前後して聞こえてきた
出演者本人の言葉。
松岡昌宏の発言や、千鳥のスタンスが話題になった。
それぞれは別の出来事に見える。
でも現場で見ていると、同じ匂いがする。
「これはもう、裏で処理できる段階を超えているな」
そう感じた人は、少なくなかったはずだ。
テレビを支えていた「政治」と「緩衝材」
どこの局にも、いわゆる政治的な動きをする人はいた。
特定の事務所と関係が深く、その事務所に何かをネゴするときは
必ず一度通す存在。
例えばJ担と呼ばれる存在は各局に存在し、ライブや何らかのパーティーには、各局のJ担が駆けつける。
僕自身は、こういう政治的な動きには
なるべく関わらないようにしてきた。
ただ正直に言えば、
そういう人がいたから成立していた番組や仕掛けがあった
ことも否定できない。
彼らは権力者というより、
衝突を表に出さないための緩衝材だった。
忖度まみれの構造は、こうして作られた
テレビは、分かりやすい原材料を仕入れて
定価で売る商売ではない。
事務所と局が売買しているのは、形のない出演という価値だ。
出演料よりも大きいのは露出。
名前が売れれば全国のライブやイベントに客が入る。
レギュラーが1本決まれば、
年間40〜50本の出演がほぼ確定する。
人気者になれば、
レギュラー出演の見返りに
同じ事務所の後輩を出す条件が付くこともある。
番組が失敗しても、
枠は同じ事務所の別タレントで継続してほしい、
という希望を飲まざる得ないことも多い。
特番が新番組に決まったとき、突然それまで絡みのなかった大物がMCとして迎えられるときには、必ず政治的な力が動いている。
こうした貸し借りを積み重ねて、
忖度まみれのテレビ界は出来上がっていった。
歪んでいた。
でも、調整は効いていた。
安全装置は、世代交代とともに壊れた
近年、その装置が機能しなくなった。
大事務所のトップ層が次々と世代交代し、
大物がフリーになるケースが増え、
事務所の発言力は確実に弱まった。
忖度まみれの悪しき習慣が減ったのは事実だ。
でも同時に、止める人もいなくなった。
小さな事務所に移れば、
誰も強くものを言えない。
結果、裸の王様化するケースも出てくる。
装置だけが残り、
中身の信頼関係は更新されなかった。
テレビに依存しなくなった出演者たち
もう一つ大きいのは、
出演者がテレビに依存しなくなったことだ。
YouTube、SNS、配信。
自分で発信し、自分で顧客を抱え、
自分でお金を生めるシステムが生まれた。
テレビに出なくても生きていける。
だから、怖がらずに言葉を外に出せる。
現場が知ったときには、もう遅い
今のテレビ局は、
現場の判断よりもコンプライアンス最優先だ。
問題を察知した瞬間、
まず遮断、次に説明。
話し合いは後回し。
コンプラ意識の低さからフジテレビが沈没して以来、各局の上層部は恐怖に怯えている。
結果、現場が状況を把握したときには
すでに表に出ていて、手の打ちようがなくなっている。
昔は揉み消せた。今はできない。
昔のテレビは歪んでいた。
でも、壊れにくかった。
今のテレビは、
健全になった部分もある。
でも、脆い。
揉み消しは良くない。
ただ、その代わりになる
新しい安全装置は、まだ見つかっていない。
ザ!鉄腕!DASH!!も、
酒のツマミになる話も、
番組単体の問題ではない。
処理できていた構造が壊れ、
代替手段を持たないまま走っている。
それが、今のテレビだ。
これは進化なのか。
それとも、別の危機なのか。
少なくとも言えるのは、
テレビは今、ぶっ壊れた安全装置を抱えたまま走っている、ということだ。
このまま突っ走り、
炎上を繰り返し、
いつか本当に燃え尽きるのか。
現場にいる人間には、
その流れを止める力はない。
だからせめて、
自分の番組だけは燃やさないように、
今日も必死にハンドルを握っている。
