【つながる旅行記#336】四国村と猪熊弦一郎の関わりと、『さぬカイト』。
前回はまさかの香川県の砂糖製造の歴史について学んだ。

まさかサトウキビを香川で……いやはや本当に勉強になった。
そんなことを思いながら次の施設へ向かう。
一体次はどんなものが……!?


(なんだかやけに滑る要素があるゾーンだな……)

おや、前々回紹介した猪垣の補足説明がある。
なになに……?
なるほど、『畑の周囲を囲う壁』である猪垣だが、『動物が畑に侵入しようと畑の周りをぐるぐる回る』のを利用して、落とし穴を掘っておくらしい。
そうして捕らえた肉を「薬喰い」といって食していたようだ。
ちなみになぜ「薬」なのかというと、滋養に良いからとか、獣肉忌避の文化があったので「薬だからこの物体はOKなの!!」みたいな感じで呼んでいたらしい。
いやしかしまさか畑の防衛だけでなく、捕獲する要素を兼ね備えていたとは……!
猪垣の話を聞いても自分は全くそんな発想に至らなかったわけだが、やはり過去にタイムスリップしたら活躍できなそうである。悲しい。
……しかし滑るだの落とすだの、受験シーズンにはとてもご紹介できない場所である。

無事に滑らずに歩いていたら、なにか建物が見えてきた。
昔の建物ではない感じだが……?

解説板を読んでみると……なんと猪熊弦一郎が書いた文章!!
猪熊弦一郎といえば、上野駅の絵が有名だろう。

上野駅の中央改札の上部にあり、自分もやけに印象に残っているこの絵が書かれたのは、1951年。
まだ終戦からたった6年しか経っておらず、そりゃもうその頃の上野なんて混沌というレベルじゃない状況だったことだろう。
猪熊弦一郎はそんな悲惨な上野駅を利用する人に希望と喜びを与えるべく、単純な線と明るい色彩でこの作品を描いたのだという。
上野駅というところは、東京の中で一番気の毒で不幸せな世相を反映して、家のない浮浪者、身寄のない引揚者、堕落していく子女といった人達の暗い世界をそのまま見せているようです。
目にふれる壁画の新鮮で明るい色彩や単純な形によって、毎日この駅を通る大勢の人達の生活に、希望と喜びを与えたいと考えながら着手したのです。題は「自由」ということにしました。
そして猪熊弦一郎の出身は、この四国村のある高松市だそうだ。
また、前回自分も感動した丸い『砂糖〆小屋』だが、解説を見るに猪熊弦一郎もこれには非常に感動していた様子がうかがえる。
やっぱり良いですよねあれは……!
自分が良いと思ったものを他人に認めて貰えるのは嬉しいものだなと思いつつ、先へ進んでいく。
すると石が吊り下がっていた。

これはカンカン石といい、近くにある木の棒で叩いてみてもいいらしい。
なにやら澄んだ音がするとのことだが……?

「コォーーン……コォーーーン……」
おぉ……! 全然石っぽくない、澄んだ綺麗な音がする。
こりゃあ確かにカンカン石と呼ばれるわけだ。
(実はちんちん石ともいうのだが、他意はない)

そして説明板を読んでみると、ドイツ人の地質学者バインシェンク(Weinschenk)が研究して『サヌカイト』と命名したらしい。
ん……? サヌカイト……?
いやサヌカイト自体は聞いたことはあるのだが、まさかサヌカイトの「サヌ」って、「讃岐」のこと!?
『さぬカイト』だったの!?
……いやはや、こういう「実は日本語要素入ってました」という展開には驚かされる。
なおサヌカイトは楽器用途以外にも、緻密で硬い性質があるのでやじりや石刀にも使われたそうで、縄文時代から非常に活躍していたありがたい石のようだ。
ちなみに命名の流れとしては、
バインシェンク(Weinschenk)が「讃岐の国の石だからサヌキット(Sanukit)と呼ぼう!」と報告して、それが英語読みのサヌカイト(Sanukite)となって世界的に有名になり、そこから逆輸入する形で日本では「讃岐岩」と呼ばれるようになったそうな。
※【香川大学博物館HPより】↓
しかし建物と歴史を楽しむだけかと思いきや、まさかの芸術家と岩石に関する学びまであるとは。
四国村がもたらす恩恵は計り知れない。
そしてまだまだ見るべき展示はいっぱいだ。
こりゃ本当に来てよかったなと思いつつ、
次回へ続く……!
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