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夕日がきれいだねって言い合うけど、同じものは見ていない

遠距離恋愛をしていたとき
それぞれ遠くのまちにいながら
夕焼けを写真に撮って送りあっていた。

今は一緒にいて
同じ夕焼けを眺める日はわりといっぱいある。

それをシンプルに幸せだなーって思っていたのは最初のうち。

なんかどうやら、
同じ場所で同じ空を見ているんだけど
「きれいだな」って感じる部分が違っているようなのだ。

比べてわかったのは、
わたしは、色とその瞬間の奥行きを見ている。
相方氏は、うつろいゆく時間を見ている。

ほほう!

たぶん夕焼けだから、違いがわかりやすかったんだけど、
どうも「美」の感じ方がとっても主観に拠っているということの発見だった。
美しさには意味付けがあるんだね。

そういえば夕焼け以外で
「きれいだなあ!」というものは全然一致していない。

この話の時
「そういえばあじさいは子どもの時は全然きれいさがわかんなかった。
今はめちゃくちゃ美しいと感じる」
と言ったときにほぼ通じていなかった笑
花の美しさ、というジャンルではあまり会話が成り立たない。

まあ、このマンガおもしろいよ、
もあまり一致しないことが多いからな。

マンガで言うとわたしのほうが狭くて、
相方氏はストライクゾーン広めなので
勧めたら読んでくれる。嬉しい。
逆はそんなにない笑

これおいしいね!!
もまあまあ一致する。

すっごく合う、というほどでなくまあまあ合う、というくらいがちょうどいいな。
そこ、突き詰めるとたぶん窮屈かもしれないのでぼやっとさせている。

違いがあるとかどれくらい違うか
ということよりも
何気ないときにその話ができるということが幸せだなって感じている。

ここ1週間の気分はジェットコースターだった。
すごく興奮して未来に向けて盛り上がっているときもあれば
子たちのことでショックと心配で眠れず夜中泣いていることもあれば
いろんなことがよくわかんなくなってゲームに逃避しているときもあって
50代女子の情緒とはやばいものであるなと思っている。

もちろん個人差はあるだろうが
わたしはそもそもわりと浮き沈み大きめの人間であった。
ちょっと工夫しないとこの先危ないかもしれない。

相方氏のステキなところは気分が非常に安定しているところだ。
そしてほぼいつもわたしのことを大事にしてくれる。

ほぼ、というのは
彼自身、マンガに没入しすぎたり忙しいときは
多少てんぱってわたしに対して雑にすることもなくはないということね。
にんげんだもの。

ちょっと前まではそういうので深刻に悲しんでしまうこともあったが何度か伝えたところ、うっかり抜けてしまうことはあっても「それはイヤ」という言葉はかなり減っている。
わたしがてんぱったときの対処というか、ただ受けとめてくれるだけでいいということや、それなりにちゃんと聴いてほしいときにモードを合わせてくれればいいということが身についてきて、そこまで振り回されなくなったということもあるでしょう。

ケンカを全然しないわけではない。
ただ少なくとも
わたしがよくも悪くもがんばっているときに優しくしてくれる人であるのは間違いがない。





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