理想の残響、ミヤコワスレの盾
憲法記念日が過ぎ、昨日はこどもの日だった。暦は初夏の光をゆっくりと増やしていく。それとは対照的に、今年の昭和の日は「お言葉」のないまま静かに過ぎていった。
そもそも、昭和の日に式典が行われたことは、私の記憶にはない。けれど、「お言葉」のないこと自体が、かえって人々それぞれが抱く昭和の面影を、静かに胸の内へ刻む時間を願ったのかもしれない。そう思うと、私自身の記憶もまた、薄い影のようにゆっくりと底へ沈んでいく。消えたわけではなく、深いところで揺れ続ける気配だけが、そっと胸の奥に残り続けている。そしてふと、政府はどのような思いでこの日を位置づけているのだろうか。そんな思いが静かに流れていく。
昭和という元号の典拠となった『書経』の一節「百姓昭明、協和万邦」。人々の知を明らかにし、世界の和を願うその高潔な理想は、残念ながら歴史の濁流をせき止める堤にはならなかった。理想が現実を律するのではなく、集団の不安や熱狂という名の重力が、言葉を置き去りにして時代を押し流していった。その構図は、現代の憲法をめぐる喧噪や、SNSに満ちる勇ましい言説の中にも、どこか既視感を伴って立ち現れている。
ふと視線を外に向ければ、都会のざわめきやデジタルの刺(とげ)から逃れた先に、木陰の深い庭がある。常緑の葉がつくる淡い陰りの中、ミヤコワスレが木漏れ日の中で、ひっそりと、しかし力強く咲き誇る。強い日差しを避けるように、半日陰の柔らかな光を受けて佇むその姿は、どこか影の中で息を整える人のようでもある。
「都忘れ」その名は、承久の乱に敗れ、佐渡へ流された順徳天皇の伝承に由来するといわれる。都での華やかな理想、権力、そして挫折。それらすべてを「忘れる」ために、天皇はこの可憐な野菊を見つめたのだという。その名に宿る寂しさや孤独は、決して敗北の同義語ではない。むしろ、大きな物語や他者の評価に振り回されることをやめ、自らの「個」を取り戻した者だけが辿り着ける、静かな境地なのだろう。
昨今、世にあふれているのは「矛」の話ばかりだ。言葉を研ぎ、力を誇示し、自分が強くなったと錯覚する人々。だが、攻撃のための矛をどれほど磨いても、荒んだ心が癒えるわけではない。むしろ、この庭の半日陰でそっと咲くミヤコワスレのような「ささやかな幸せ」こそが、現代を生き抜くための、もっとも確かな「盾」となる。
古典の理想が世の流れを止められなかったことをただ嘆くのではなく、今の世もまた来た道への危うさを感じている。今、目の前の一輪の花に心を寄せる。木漏れ日が揺れ、影がゆっくりと形を変えていくのを眺める。この「静かなる抵抗」の中にこそ、かつて聖王たちが夢見た「昭明」の光が、薄明かりの底でひっそりと灯っているように思える。
都の騒がしさを遠くに聞きながら、私はこの庭の静寂という盾を携え、穏やかな初夏の光を浴びている。日陰に咲くミヤコワスレの紫、その中に一筋の日を浴び、紫が光る。その紫が何より雄弁に、この世界の確かな手触りを教えてくれている。
世の矛の 騒ぐ響を 遠ざけて
庭に盾なす 都忘れの花
よのほこの さわぐひびきを とざけて
にわにたてなす みやこわすれのはな
