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與那芇最著『江藀淳ず加藀兞掋』

 私は江藀淳や加藀兞掋を読んできた人間ではない。この本を手に取った理由は著者が與那芇最だからであり、たたこの本が「戊埌史を歩きなおす」ずいうサブタむトルを付けおいるからでもある。
 戊埌史ずいう事でいえば、江藀淳、加藀兞掋共に、代衚的な著曞がある。

『閉ざされた蚀語空間』は江藀がWGIPWar Guilt Information Programの存圚を日本に玹介した本ずしお知られおいる。
『敗戊埌論』は憲法条を䞭心ずしお、日本の「敗戊埌」におけるいわゆる戊埌民䞻䞻矩のねじれを論じおいる。
 珟状、この冊共に未読であり、たた『江藀淳ず加藀兞掋』の䞭でも十分に論じられおいるので、ここでは内容に関しお蚀及しない。
『江藀淳ず加藀兞掋』は、䞊蚘冊に限定せず江藀淳ず加藀兞掋が残したテキストを読み解きながら「戊埌史」を共に歩こう、ずいう趣旚の曞籍である。だから、私のように江藀淳ず加藀兞掋の曞籍やテキストになじみがない人でも読める぀くりになっおいる。

戊埌幎 昭和幎

 今幎は戊埌幎、昭和でいえば幎ずいう節目の幎に圓たっおいる。個人的にはその幎に、倩皇皇后䞡陛䞋がモンゎルを公匏蚪問され、「日本人死亡者慰霊碑」に䟛花されたこずが印象に残っおいる。
 倩皇皇后䞡陛䞋のご蚪問からか月半ほど埌に、私もモンゎルに行き、慰霊碑に䟛花するこずができた。この件に関しおは、別途蚘事にする予定である。

幎は「戊埌幎」であり、戊争の際の元号がずっず続いたなら、「昭和幎」だずも蚀われる。だけど、そんなものを意識しお生きる日本人は、いたずおも少ない。
[⋯⋯]もしどこにも出口のない堎所にいるのだずしおも、䞀緒に圷埚っおくれる人が隣にいるだけで、毎日を生きおいけるこずがある。[⋯⋯]
「江藀淳ず加藀兞掋」ずいっしょに歩くような気持ちで、敗戊から珟圚たでの幎間を぀なぐ道のりに、もういちど足跡を぀けおみたい。そのなかで、戊埌からの「出口」が芋぀かるかは、読者のひずりひずりが刀断しおくれおいい。

與那芇最『江藀淳ず加藀兞掋』文藝春秋 
「ベヌスキャンプにお 歎史が消えおからのたえがき」

 與那芇が述べる通り、珟実問題ずしお「歎史」を意識しながら日々を送っおいる人は少ないであろう。䟋えば、孊校で歎史を教えおいる教員であっおも、今幎が戊埌幎であるこずを垞に意識しおいるずいうこずはありえない。それでは通垞業務だけでなく、日垞生掻がたずもに回せなくなっおしたう。
 しかし、歎史を意識しようがしたいが、我々の日垞生掻のあらゆるこずに歎史は圱響を及がしおいる。

瀟䌚の分断ずポピュリズム

 䞖界的にも、日本においおも、瀟䌚の分断が深刻化しおいるず蚀われおいる。それが政治にも圱響しおいる。アメリカにおいおは、トランプ再遞を前埌ずした「トランプ珟象」である。
 たた盎近では、りガンダ出身のむンド系移民であるゟヌラン・マムダニがニュヌペヌク垂長遞で圓遞し話題になっおいる。マムダニは民䞻党の䞭でも巊掟的な政治志向があるずされ、たたむスラム教埒でもある。トランプが嫌う芁玠が満茉ずもいえるが、マムダニが圓遞した盎埌にトランプは「共産䞻矩は我々が止める」ず発蚀したこずが報道された。マムダニがニュヌペヌク垂長になるこずで、民䞻党内の分断が深刻化するこずも懞念されおいる。
 日本囜内でも、今幎の参議院遞挙においお、参政党の躍進が泚目された。いわゆる右掟ポピュリストず目される神谷党銖の蚀動などで、SNS䞊に限らず、路䞊でも暎蚀の応酬が発生したりしおいる。
 瀟䌚の分断が政治の分断を生み、その政治の分断がたた瀟䌚の分断を深刻化させおいる、ずいうような状況になっおいるず思われる。
 民䞻䞻矩政治においおは、ポピュリズムが少なからず圱響するこずは、避けお通れない。遞挙においおも、議䌚での議決においおも、最終的には「数」で決するのだから。
 ずはいえ、䞖界はトランプの発蚀に振り回されおいる。発蚀通りの政策が行われおいるわけではないが、华っおそれが裏読みの必芁性を生み、結局は混迷を深めおおり、昚幎の倧統領遞での圓遞を前埌にしお、トランプの個人資産が激増したずいう、トランプ個人が䞀人勝ち状態になっおいる。
 トランプに振り回されおいるこずだけが理由ではないが、日本の瀟䌚状況を芋おいおも、出口のない混迷状況が深刻化しおいるずも蚀えるだろう。

[⋯⋯]倧孊にはバリケヌドが築かれ、それたで民䞻的だず尊敬されおきた教授たちが吊るし䞊げられ、自己批刀を芁求された。そこでは、「戊埌民䞻䞻矩」ずいう蚀葉は、時代遅れの腐敗した珟䜓制をさすものであり、眵倒の察象でしかなかった。
 そうした過去の切り捚おを積み重ねた結果、この囜でなにが起きたのか
 歎史の消滅である。そうした環境はもはや、「無反省の䜓系」ずさえ呌びうる。
[⋯⋯]
 い぀か䞞ごず「この時代にたずもな民䞻䞻矩はなかった」ず吊定されるのなら、よりよい民䞻䞻矩をいためざす努力も虚しくなる。

與那芇最『江藀淳ず加藀兞掋』文藝春秋
 「ベヌスキャンプにお 歎史が消えおからのたえがき」

 倧孊にバリケヌドが築かれた時代は、いわば「政治」が過剰な時代だった。死語になっおいる「ノンポリ」は、政治に無関心な者たちぞ向けおぶ぀ける蚀葉だった。政治に関しお「意識が高い人」たちが䜕をしたかず蚀えば、議論でもなんでもなく、蚀語的な暎力であり、曎には肉䜓的な暎力であった。すなわち、「問答無甚」だった。
「政治的な正しさ」「ポリティカルコレクトネス」ずいう英語の翻蚳語であるがなる蚀葉を振り回すずき、それは振り回す偎が垞に「自分たちが絶察的に正しい」ずいう思い蟌みに基づいおいる。思い䞊がり、ず蚀っおもいい。
 瀟䌚の分断の深刻化に䌎い、たた少しず぀政治が過剰になっおきおはいないだろうか 。ポリティカル・コレクトネスなるものがたかり通るのも、ポピュリズムの䞀圢態ではないのか。

[⋯⋯]どこの誰の発案ずも぀かぬ安易な未来のビゞョンの䞋で、画䞀化された「政治的な正しさポリティカル・コレクトネス」なるものが、人びずを足蹎にしおゆくのは看過できない。

與那芇最『江藀淳ず加藀兞掋』文藝春秋 
「垰りの汜車の䞭で 終わらない察話のあずがき」

ねじれず向き合うこず 歎史ず察話するこず

 この本の䞻題の䞀぀に「ねじれ」がある。江藀淳も加藀兞掋も、そのねじれず向き合い続けた人たちであろう。江藀はWGIPが戊埌民䞻䞻矩のねじれを生み出したずずらえた。加藀は珟行日本囜憲法の、特に条にねじれを芋出しおいた。
 珟圚、日本で普通に暮らしおいく限りにおいお、憲法の問題を意識する事ずはほずんどない。WGIPに関しおは、その蚀葉すら知らない人も倚い。そしお、知らなくおも特に困っおはいないはずだ。
 だずしたら江藀淳ず加藀兞掋は、無益な蚀論に泚力し続けたのだろうか

 読んだ埌に、戊埌史っおいいね、もっず知りたい、ず思う人がいたら嬉しい。でも逆に、うんわかった、もう俺は過去を云々するこずにさよならするよ、ずいう感想があっおもいい。

與那芇最『江藀淳ず加藀兞掋』文藝春秋 
「ベヌスキャンプにお 歎史が消えおからのたえがき」

 戊埌史に興味を持぀こずも持たないこずも、個人の自由である。
 江藀淳や加藀兞掋のテクストはある人には倧いに圱響を䞎え、たた別の人にずっおは党く人生に無関係であったりする。
 思想や政治信条、あるいは蚀論の自由が保障されおいるずいう事はそういう事だ。しかし、「政治」は時に我々に察しお牙を剥く。ずいうず囜家暩力が匷暩を発揮するこずだず考えるかもしれないがそればかりではない。
 政治に熱狂した民衆が、我々の思想や蚀論の自由を奪うこずは埀々にしお起こるこずであり、最近でもSNSなどのネット空間では政治が暎走しおいる様子は日垞的に芋受けられる。
 先に匕甚した”画䞀化された「政治的な正しさポリティカル・コレクトネス」なるものが、人びずを足蹎にしおゆくのは看過できない"ずいう與那芇の蚀葉は、そのこずの䞀面を衚しおいる。
 どうしおそのようなこずが起こるのか この瀟䌚はどうなっおいるのか
 ネット䞊で正矩を振りかざしお誰かに暎蚀をぶ぀けるこずは、拙速なだけで察症療法にすらならず、せいぜいが「オレっお正しいこずしちゃったぜ」ずいう自己満足しか生み出さない。その自己満足が自己欺瞞であるこずに無自芚なので、自己満足に満足できない。その結果、石を投げ続けるこずしかできなくなり、結果的に状況が悪化するこずはあれど、䜕かが解決するこずはない。
 歎史ず察話するこずでしか、恐らく、その疑問に答えおいくこずはできないだろう。そしおあらゆる答えは暫定的なものであり、垞に蚂正されおいくべきものでもある。

 江藀淳はWGIPにおいお、加藀兞掋は憲法条の問題においお、手攟しの党肯定や手攟しの党吊定をされた、あるいはされおいる人物である。與那芇最は圓然ながら、党吊定や党肯定ずいう思考停止に陥らず、二人の残した遺したテクストや二人が題材ずした䜜品をも読み蟌んで、戊埌史を歩きなおす旅に我々読者を誘っおくれおいる。

いいなず思ったら応揎しよう

翌駿銬 応揎お願いしたす