見出し画像

【日本一周 北海道編 Day10|9/4 前編】囚人たちが拓いた北海道――月形・樺戸博物館で知った、開拓の光と影

2026年9月4日。
日本一周、10日目。

今日は北村中央公園ふれあい広場キャンプ場からスタート。

朝からちょっとしたトラブルがあった。

ポータブル電源を確認すると、まさかの残量0%。

冷蔵庫は止まり、スマホもフル充電になっていない。

旅を始めてから少しずつ感じていたけれど、今使っているポータブル電源では、車中泊を続けるには少し力不足なのかもしれない。

そんな不安を抱えながら、今日はまず昨日きた道を少し戻り、月形へ。

目的は、ずっと気になっていた月形樺戸博物館

もともとは「博物館を見て、そのまま南下しよう」くらいに考えていたのだけれど、結果的には博物館だけでは終わらなかった。

囚人たちが植えた杉林、囚人たちの手で造られた寺、そして過酷な労働の末に亡くなった人たちの墓地。

気づけば、樺戸集治監にまつわる場所を一通り巡っていた。

そして今日一日を振り返ってみると、ただ昔の監獄を見学したというよりも、「北海道がどのように造られていったのか」を考える時間になったように思う。

その後は夕張へ向かう途中、新篠津へ寄り道。

予定していなかった場所だったけれど、そこで初めて「どぶろく」を買うことになった。

今日も、予定通りにいかないからこその旅になった。

今日の旅の記録は、文章が長くなってしまうので、前編と後編に分けることにした。


今日の行程

北村中央公園ふれあい広場キャンプ場
→ 月形樺戸博物館
→ 円山スギ林
→ 囚人たちが関わった寺
→ 囚人墓地
→ 道の駅しんしのつ
→ 夕張方面へ(後編に続く)

走行距離:151.43km(1日合計)



朝からポータブル電源0%

朝起きて、最初に焦った。

ポータブル電源の画面を見ると、

0%。

完全に空になっていた。

夜のあいだ車載冷蔵庫を動かしながら、スマホも充電していたのだけれど、どうやら消費に追いつかなかったらしい。

冷蔵庫は止まっている。

スマホもフル充電になっていない。


これはまずい。

日本一周では、スマホはナビにも使うし、記事を書くにも使う。

冷蔵庫も、食べ物や飲み物を保存するためにかなり重要。

そして、それらを支えているのがポータブル電源。

旅を始める前は、

「これくらいあれば足りるだろう」

と思っていた。

でも実際に何日も車中泊をしてみると、少しずつ現実が見えてくる。

走行中に充電してはいるものの、今の使い方だと追いついていないのかもしれない。

北海道一周は、日本一周本番前の予行練習でもある。

こういう問題も、実際にやってみたからこそ分かったこと。

本州へ行く前に、電源周りは一度しっかり考えた方がよさそうだ。


黒い納豆(黒千石納豆)を食べてみる


朝ごはんは、昨日北竜の道の駅で買った黒い納豆。


見た目からして、普通の納豆とはだいぶ違う。

まっくろ!納豆じゃないみたい。



本当に黒い。

食べてみると、普通の納豆よりも粘り気が少ないような気がした。

粘らない…?


そして、なんとも言えない独特な風味。

普通の納豆とは違う。

それは分かる。

ただ、

何がどう違うのかを説明できない。

これがもどかしい。

旅をしていると、これまで食べたことのないものを口にする機会が増えた。

せっかくなら、その味をちゃんと言葉にできるようになりたい。

食レポ、もっと上手くならなきゃな。

そんなことを考えながら食べ終わる。

そして気づいた。

車の中、めちゃくちゃ納豆臭い。

朝からポータブル電源0%。

そして納豆臭。

なんとも車中泊らしい一日のスタートだった。


月形樺戸博物館へ

この日の最初の目的地は、月形樺戸博物館

やな天気〜


到着してまず驚いたのが、博物館のすぐ隣に月形町役場があること。

博物館のすぐ隣に!


かつて樺戸集治監が置かれていた場所と、今の月形町の中心がほとんど同じ場所にある。

それだけでも、この町と樺戸集治監の歴史との結びつきの強さを感じる。

開館は9時30分。

少し早く着いてしまったけれど、まだ開館時間前にもかかわらず受付をしてもらえた。

ありがたい。

まだ早いけどレッツゴー!


館内は残念ながら写真撮影禁止。

旅行記を書いている身としては「写真を載せられないのはちょっと痛いな」と思ったけれど、そのぶん今日は記憶に残しておこうと思いながら、かなりじっくり見て回った。

展示を見ていくと、囚人たちは監獄の中に閉じ込められていただけではない。

道路建設をはじめ、北海道開拓のための大きな労働力として使われていた。

そして、その労働は相当に過酷だったらしい。

命を落とした人も少なくなかった。

もちろん囚人として収容されていた人たちではある。

ただ、それでも「ここまで命を削るような働かせ方をする必要があったのだろうか」と思ってしまった。

きちんと安全を管理し、長く働ける環境をつくった方が、結果的には国にとっても良かったのではないか。

そんなことまで考えてしまう。

また、写真を撮ることができなかったのは残念たが、当時の集治監の敷地のジオラマなども見応えがあった。

ムービーが放映され、わかりやすく説明されていた。

博物館で特に印象に残ったものの一つが、

「すりへった石段」

だった。

鉄丸や鎖をつけた囚人たちが長年ここを出入りしたことで、石がすり減ったという。

実際に見ると、本当に一部分が大きくへこんでいる。

石がここまで減る。

それだけ多くの人が、何度も何度もこの場所を通ったということになる。

説明を読むだけではなく、こうして実物を見ると急に現実味が増す。

人が歩いた痕跡が、100年以上経った今も残っている。

歴史って、こういうところに残るんだな。

敷地内には「石油庫」も当時のまま残されている。

樺戸監獄時代の建物で、本庁舎以外に現存している建物としては、この石油庫だけらしい。

博物館の中だけではなく、外にも当時の痕跡が残っている。

月形という町そのものが、ひとつの歴史資料のように感じた。


赤い囚人服に込められていた、意外な意味

特に面白かった展示の一つが、赤というか、オレンジに近い色をした囚人服だった。

なぜこんな派手な色なのか。

理由は二つ紹介されていた。

一つは、脱走したときに目立って見つけやすくするため。

これは僕も「まあ、そうだろうな」と思った。

面白かったのは、もう一つの理由。

当時、赤い服は女性が身につける色という認識があり、男性の囚人に赤い服を着せることで「恥」を感じさせる意味もあったという。

今とは価値観そのものが違う。

2つ目の理由が面白い!

囚人服の色一つにも、当時の社会の考え方が表れているというのが興味深かった。


「どこかで見たことがある」――ゴールデンカムイの世界

昔の建物である本館。

受付のほか、歴史上の人物についての展示などもあり、初代典獄を務めた月形潔についても紹介されていた。

「月形」という町の名前が、この人物に由来しているというのも面白い。

そして典獄や副典獄の執務室を見ていたとき、

「あれ? この部屋、どこかで見たことがあるぞ」

と思った。

思い出した。

『ゴールデンカムイ』だ。

漫画の中に出てきた部屋と、ものすごく似ている。

監獄の扉を一斉に開けるための機械仕掛けなどもあり、こちらは公式に漫画で参考にされたとの説明書きがあった。

歴史博物館として見るだけでも面白いけれど、『ゴールデンカムイ』が好きな人なら、また違った楽しみ方ができる場所だと思う。

ちょっとした聖地巡礼だ。


囚人たちが作った作品のクオリティに驚く

個人的にかなり驚いたのが、囚人たちが作った品々だった。

服や家具、入れ物、彫刻。

さらに神社の模型や観音像まである。

これが、とにかく細かい。

「本当に囚人が作ったの?」

と思ってしまうくらい精巧だった。

アーティスティック。

その辺りの職人や芸術家が作ったと言われても、僕にはたぶん分からない。


囚人という言葉だけを見ると、どうしても一括りにしてしまいそうになる。

けれど当然、その一人一人には人生があり、技術があり、得意なこともあった。

こうした作品を見ると、それをすごく実感する。


囚人たちが植えた杉林へ

博物館を出たあと、すぐ近くにある杉林にも行ってみた。

この先をまっすぐ


車で本当にすぐ。

目と鼻の先だった。

ここは樺戸集治監開庁10周年の記念事業として、1890年に囚人たちの手によって植えられた杉林だという。


今日は小雨。

森の中は少し薄暗く、どこか荘厳な雰囲気だった。

でも、すごくきれいだった。

何より印象的だったのが、杉の幹。

くねくねと曲がることなく、一本一本がスーッとまっすぐ天に向かって伸びている。

まっすぐさが見ていて気持ちよい

それが何本も並んでいる。

地面から上を見上げると、高く伸びた杉が視界いっぱいに広がっていて圧巻だった。

「この木を植えた人たちは、百年以上後に自分がここで見上げられるなんて想像しただろうか」

そんなことも考えた。

ラオホマンも、杉を見上げていた。

ほえー、高い

囚人たちが残した、驚くほど精巧な彫刻 ― 北漸寺


樺戸博物館を見たあと、近くにある曹洞宗の寺院「北漸寺」にも立ち寄ってみた。


ここにも、樺戸集治監に収容されていた囚人たちの仕事が残されているという。

境内に入ってまず目を引いたのが、建物の入口を飾る木彫りの彫刻だった。


近づいて見てみると、これがものすごく細かい。

大きく口を開いた象のような動物。その上には羽を大きく広げた鳥がいて、さらに奥には龍の姿まで彫られている。

ゾウ?バク?
めっちゃ精巧


木を削って作ったものとは思えないほど立体的で、動物の表情や羽根、鱗の一枚一枚まで細かく表現されている。

これを見て、博物館の中で感じたことをもう一度思い出した。

「囚人たち、めちゃくちゃ器用じゃないか」

博物館には、囚人たちが作った家具や入れ物、神社の模型、観音像なども展示されていた。

どれも非常に精巧だったけれど、北漸寺に実際に残されている彫刻を目の前で見ると、その技術力をさらに実感する。

僕の中にはどこか、「囚人労働=道路を造ったり、重いものを運んだりする力仕事」というイメージがあった。

でも、実際にはそれだけではなかった。

これほど繊細なものを作る技術を持った人たちもいたのだ。

「囚人」という一つの言葉で括ってしまうけれど、その中には当然、さまざまな経歴を持った人がいて、それぞれに技術や才能があったのだと思う。

そう考えると、目の前の彫刻も単なる古い装飾ではなく、その人たちが確かにここで生きていた痕跡のように見えてくる。

博物館の展示は写真撮影ができなかったけれど、こうして北漸寺のように町の中を歩けば、彼らが残したものを今でも自分の目で見ることができる。


無数の墓標を前に言葉が止まった ― 樺戸集治監囚人墓地

北漸寺をあとにして、次に向かったのが「樺戸集治監囚人墓地」

樺戸博物館からそれほど離れておらず、車ならすぐに行ける場所にある。

博物館では、樺戸集治監に収容された囚人たちが北海道開拓の労働力として使われ、道路建設などの過酷な労働に従事していたことを知った。

そして、その中で命を落とした人たちも少なくなかったという。

展示を見ているときにも重い話だとは感じていた。

でも、実際に墓地まで来ると、その感じ方がまったく違った。

敷地に入ると、目の前には小さな墓標がずらりと並んでいる。

一つや二つではない。

奥まで何列にもわたって、同じような墓標が続いている。


その光景を目の前にすると、博物館で「多くの囚人が亡くなった」と文字で読んだものが、急に現実味を帯びてきた。

一つ一つの墓標の下に、一人の人間の人生があった。

そう考えると、しばらくその場で立ち止まってしまった。

もちろん、ここに収容された人たちは囚人だった。

ただ、明治という時代の大きな変化の中では、それまでの社会のあり方が一変し、それに反発した末に収容された人たちもいたことを博物館で知った。

罪を犯したからといって、命を落とすほどの労働を課すことまで正当化されるのだろうか。

博物館を歩いているときから、ずっと引っかかっていた。

そしてこの墓地に立つと、その疑問がさらに重く感じられた。

北海道の道路や町がつくられていった歴史の裏側には、こうして名も知らなかった人たちの労働と犠牲があった。

教科書で「北海道開拓」と一言で習うだけでは、なかなかそこまでは想像できない。

博物館で歴史を知り、囚人たちが植えた杉林を歩き、北漸寺で彼らの残した技術を見て、最後に樺戸集治監囚人墓地に立つ。

最初は樺戸博物館だけを見るつもりだった。

でも、ここまで足を延ばして本当によかったと思う。

博物館の展示だけでは「知識」だったものが、実際の場所を巡ることで少しずつ「実感」に変わっていった。

墓標が静かに並ぶ光景を眺めながら、ここで生き、ここで亡くなった人たちに、しばらく思いを馳せていた。


網走だけじゃなかった、北海道の「監獄」の歴史


北海道の監獄と聞くと、僕の中ではどうしても網走監獄のイメージが強い。

博物館としての派手さや見応えだけを比べるなら、正直、網走監獄の方が上だと思った。

それでも、樺戸集治監が北海道の歴史において重要な場所であることは間違いない。

そして興味深かったのが、自分の地元・釧路とのつながりまで見えてきたこと。

樺戸を知り、網走を知り、さらに釧路にも監獄の歴史が残っている。

今まで頭の中でバラバラだったものが、旅をしながら少しずつ線になっていく。

「あ、ここにつながるんだ」

この感覚が最近すごく面白い。

ただ観光地を巡るだけではなく、その土地の歴史を知ることで、今まで知っていた場所まで違って見えてくる。

今の「大変さ」と、昔の「大変さ」


今日、もう一つ考えたことがある。

僕は仕事でいろいろ嫌な思いをして、公務員を辞めた。

自分が感じていたのは、肉体的な苦しさというより、人間関係、自分のやりたい仕事ができないことなど、精神的なしがらみだった。

一方、ここで働いていた人たちは、文字どおり身体を酷使し、命を落とすことさえあった。

もちろん、だからといって「昔の人の方が大変だったのだから、自分の悩みなんて大したことない」とする必要はないと思う。

種類が違うのだ。

時代が変われば、苦しさの形も変わる。

ただ、自分とはまったく違う時代を生きた人たちの人生を知ることで、自分の経験を少し違った角度から眺められた気がした。

それも、今日ここに来て良かったと思えた理由の一つだった。

樺戸博物館。

派手な観光地ではない。

でも、北海道がどう造られてきたのか。

その裏側にどんな人たちがいたのか。

そして、その人たちが何を残したのか。

じっくり考えさせてくれる場所だった。

今日は来てよかった。

そして、このあと向かった夕張では、今度は「石炭によって栄え、そして衰退していった街」の歴史を見ることになる。

奇しくも今日は、北海道の「開拓」と「産業」の光と影を、一日でたどるような旅になった。


ちょっと寄り道、新篠津の道の駅。そして初めての「どぶろく」。

月形を出て、次は夕張へ。

そのつもりで車を走らせていると、

「道の駅しんしのつ」

を発見。

特に予定していた場所ではなかったけれど、せっかくなので寄ってみることにした。

道の駅は温泉施設と一緒になっているらしい。

隣には直売所もあり、中に入ると野菜がたくさん並んでいる。

新鮮でおいしそう!


そして、お米。

GABAのお米も気になった

かなり種類が多い。

どうやら新篠津は、お米が有名らしい。

昨日の雨竜もそうだが、空知地方はお米なんだな。

マスコットキャラクターの名前を見ると、

「おこめちゃん」

だった。

……まんまじゃん。


お米がおいしいなら食べてみたい。

ただ、今の車中泊では米を炊くことができない。

残念。

そんな中、別の商品が目に入った。

売っていたのは、

どぶろく。

値段は350円。


どぶろく。

名前は知っている。

日本酒を作るときにできるもの。

そのくらいの浅い知識しかない。

でも考えてみると、一度も飲んだことがない。

せっかく米どころに来たし、

これはちょっと飲んでみたい。

ということで一本購入。

今夜、車中泊先で飲んでみることにした。

どんな味なんだろう。

楽しみだ。


ここから、次は夕張へ。

今日はもう一つ、ずっと気になっていた場所へ向かう。

夕張市石炭博物館。

月形で北海道開拓の裏側を知ったあと、夕張では北海道を支えた炭鉱の歴史を見る。

今日の歴史巡りは、まだ終わらない。

後編へ続く。

いいなと思ったら応援しよう!