金融経済に付き合うのがばかばかしい理由を分かってほしい
金融経済に付き合うのがばかばかしい理由を考える
世界は金融を中心に回っている。
各国政府は、債務残高対GDP比などの財政指標を意識しながら政策運営を行っている。投資家は国の財政状況や経済成長率を見極めて国債を購入し、その結果として為替市場や金融市場が大きく動く。
また、貿易の状況も通貨価値に影響を与える。輸入が増えれば、自国通貨を売って外貨を購入する取引が増えるため、自国通貨安の要因となる。一方で、輸出が好調であれば自国通貨高の圧力が生じる。輸出主導型の国か、内需中心の国かによっても通貨の価値は大きく左右される。
一方で、国は国民に対して生活保護などの最低限のセーフティネットを提供しているが、誰もが十分に豊かな生活を送れるほどの保障を行っているわけではない。年金制度も、多くの人にとって老後の生活費を完全に賄える水準とは言い難い。そのため、多くの人は働き続けるか、あるいは投資によって資産を形成する必要に迫られている。
なぜ国は国民に対して十分な所得保障を行わないのだろうか。
私は、その理由の一つとして、人々に労働を促す必要があるからだと考えている。仮にベーシックインカムが導入され、生活に必要な所得が無条件で保障されれば、働く人が減る可能性がある。そうなれば、社会インフラや各種サービスを維持することが難しくなるかもしれない。政府はそのような事態を避けたいと考えているのではないだろうか。
歴史を振り返ると、中世ヨーロッパの一部の支配階級には、「飢えこそが人々を勤勉にする」という考え方が存在したとされる。現代社会はもちろん当時とは異なるが、人々に働くインセンティブを与えるという発想には、どこか共通する部分があるように感じる。
また、もし国債を民間銀行や保険会社、個人投資家などが購入するのではなく、日本銀行が直接引き受ける形で大規模な財政支出を行えるのであれば、貧困層への給付や社会保障の拡充は今より容易になるかもしれない。現役世代の社会保険料負担を軽減できる可能性もある。
もっとも、そのような政策が実際に実現可能なのか、また実現したとして望ましい結果をもたらすのかについては、慎重な議論が必要だろう。
私が望むのは、誰もが日々マネーゲームに振り回されなくても生きていける社会である。
それが本当に良い社会なのか、それとも新たな問題を生み出すのか、私にはまだ判断がつかない。しかし、もし資本主義の次に新しい社会システムが現れるとしたら、そのような方向性を持つ世界なのではないかと思う。
