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Netflixドラマ『ガス人間』|第三者から当事者へと物語は加速する|「復讐」の定義と『いとしのエリー』について

Netflixドラマ『ガス人間』。


初めてそのタイトルを聞いた時、「……は?『ガス人間』って何?」となりました。
東宝の伝説的映画『ガス人間第一号』(1960)をリブートするとのこと。ほう……。
でも何故今『ガス人間』?



ということで、ドラマ『ガス人間』のあらすじはこちら。


生放送中のテレビ番組で起きた、人間が突如として膨張し爆死するという未曾有の殺人事件 。犯人は、自らの身体を自在にガスへと変化させ、あらゆる障壁をすり抜ける《ガス人間》 だった。彼による連続予告殺人は、警察の包囲網を嘲笑うかのように、実体を持たぬ恐怖とともに社会を静かに侵食していく──。

公式サイトより



はい!突然ですが、めちゃくちゃ個人的な全体の感想言います。


1話、面白い。
2話〜5話、やや中弛み。(夫が離脱しそうになるのをどうにか止めました)
6話〜8話、持ち直して面白い。


Netflixドラマって、続きが気になってとんでもない夜更かしをしてしまうことが何回もあったんですけど、『ガス人間』には「どうしても続きが見たい!もう深夜2時だけどもう1本見たい!」というような中毒性が個人的にはありませんでした。


ドラマの掴みである1話は面白かったんですよ。
「人間が生放送中に突然膨張し爆死」なんてセンセーショナルで、衝撃的で、こりゃあ地上波ではできないわ!!!とテンション上がりました。


じゃあ何で2話以降中弛みしているように感じたのかと考えてみたんですけど、当初は主人公たちが『ガス人間』に対して「当事者」には見えなかったからだと思います。




※この先はストーリーに触れますので、まだご覧になっていない方は是非見てから戻ってきてください!



小栗旬は警察として『ガス人間』を追っているし、蒼井優も報道記者として『ガス人間』を追っているんですけど、あまりにも部外者な感じがしていました。
2人はガス人間に命を狙われているわけではないのでその点でドキドキハラハラはしませんし、相手は得体の知れないガス人間なので見ているこちらも気持ちの面でガス人間側に立てるわけでもありません。ドラマを見ていると主人公たちは当事者ではなくあくまでただの「第三者」だし、見ている私たちも「第三者」だし、結果、当事者として物語に入り込むことができずに中弛みしているような感じがしたのかなと思います。
実際、後半にYouTuber兄妹の林遣都と広瀬すずが悪い奴から追われたりガス人間に追われたりしている時はめちゃくちゃハラハラしました。(そして林遣都のラストすごかった……)


ついでに、私の中でずっと引っかかっていたのは、蒼井優演じる報道記者・甲野京子のことが全編通して何となく好きになれなかったところです。
主人公が嫌な奴だとしてもやばい奴だとしてもそれすら魅力的に感じる場合もありますが、京子のことは強烈に嫌いというレベルまではいかず、「……なんか好きじゃない」感が始終付きまといました。
恋人の仕事の情報漏らしたところでドン引きして、その後も小栗旬に優しくされているところにイラっとし、その気の強さは同性から見てもあまり良い印象ではありませんでした。


もちろん、彼女のその行動には全て理由があったことも後からわかるんですけど、それでも全てを覆すほど印象が変わるわけでもなく、最後まで「……でもやっぱりなんか好きじゃない」ままでした。
事情を知ったら彼女に対する見方に多少変化があってもよさそうですが、あまり変わりませんでした。


そう、なんと後半、『ガス人間』は蒼井優が操っていたという衝撃の事実が明らかになります。
おいおい、第三者だと思ってたらお前ガッツリ当事者じゃねーか!!!っていう。
いや、いいんです。もちろん蒼井優が当事者でいいですよ。過去のガス人間との交流も、彼がいかにもとは優しい青年だったかということもわかりました。
じゃあ何に納得できなかったかって、ガス人間には意思が全くなかった点です。




……え。ガス人間、意思ないの?
物語の核のガス人間、ただの操り人形なの?




ガス人間になった(亡くなった)青年のために蒼井優が復讐するのはいい。
ガス人間が、自分の意思で自分をこんな姿にした人に復讐するのもいい。


でも、亡くなった青年(ガス人間)のために、蒼井優が意思のない青年(ガス人間)を操って人を殺すのは何か違くないか?


よく、復讐しようとしている人に「そんなことしても〇〇さんは喜ばない!」みたいに主人公が止めるセリフあるじゃないですか。あれ聞くと私は逆に「え、わからなくない?もしかしたら復讐してほしいって思ってるかもしれないよね?」と復讐を促したくなるくらいなんですけど、それはあくまでその人が自分の人生を賭けてでもある人のために自分の手で復讐しようとしている時です。


今回は蒼井優が自分で復讐するというよりガス人間を操っていただけだったので「そんなことして彼は本当に喜ぶのか?」と私も初めて止める側のセリフを叫びそうになりました。


回想シーンでは、ガス人間は本当に心優しい青年で、現在の冷酷な話し方から程遠い優しい声で少女に話しかけていたので、尚更「ガス人間に意思がない」ことが衝撃で、悲しくなりました。


彼は本当にもうただの「ガス人間」で、「ガス人間」はあの彼じゃない。
彼がガス人間だろうが何だろうが、彼の意思がそこにあれば、まだ救われました。
それでもそこに彼の意思は全くなく、ただの操り人形として人殺しを命じられていたのです。


そこがあまりに悲しく、彼を殺人兵器のように使った蒼井優のことに違和感があったことで、蒼井優のことも最後まで好きになれなかったのかもしれません。


ついでに聞きたいんですけど、何で『いとしのエリー』なんですか?
もちろん設定はわかります。
ラジオで彼のハガキが読まれたんですよね?
その時、ラーメン店主がリスクエストしてた『いとしのエリー』が流れたんですよね?
幼き頃の蒼井優と出会った時もラジオから流れてましたよね?
この曲を使ってラジオごっこしてましたよね?





……で?

(と、正直思いました)



『いとしのエリー』であることが問題じゃないんです。そりゃあ私だって『いとしのエリー』めちゃくちゃ好きですよ!ドラマの雰囲気にもよく合っていたと思います。
それでも、意思を持たないガス人間がこの曲を聴くことによって人間の形になり、喋り、リクエストを何でも聞いてくれるーーーほどの背景がこの曲にあるのか?という疑問が拭えず、理由が弱い気がして最後まで引っかかりました。


あの回想シーンだけじゃ私はわかりませんでしたが、あの曲は彼の幸せの象徴だったんでしょうか。幼い少女と過ごした短い時間が、彼にとって人生で最も幸せな時間だったということでしょうか。
いや、そうだとしてもガス人間になってなりふり構わずリクエスト聞くかな……(ラジオDJが仕事だった等ならわかりますけど)
と、今も悶々としてます。


色々ブーブー言いましたが、結局私はガス人間に心がないことが悲しかっただけかもしれません!
主演は小栗旬で蒼井優もW主演並みにメインキャストでしたけど、2人を上回るほどガス人間を演じたUTAにどえらい存在感があったので、彼がただの殺人兵器みたいになってしまっていることが悲しかったんです。(蒼井優だけじゃなくて、結局他の人にも操られてたし)


回想シーンでUTAが「おじさん!」と
呼ばれたんですけど、「お兄さん」じゃない?


ガス人間に意思があったら。
心があったら。
『ガス人間』はどんな物語になっていたのか。


そんなことを見終わった後も考えてしまうほど、「ガス人間」の存在に惹かれてしまったドラマ『ガス人間』でした。


おしまい。



林遣都は超妹思いで、めちゃくちゃ頑張った。

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