古事記をはじめて学ぶ-21 古代の人の流れ 縄文人と出雲族 徐福と秦族 日本人祖先DNA_3系統説
富士林雅樹著 「出雲王国とヤマト政権」大元出版 を読み続けています。これまで、出雲族の反映からヤマト進出までを読み解きました。
一方で徐福の3度の渡来も読みました。
2度目の渡来では先遣隊ホヒ(穂日)とタケヒナドリ(武夷鳥)一行が出雲族との繋がり強化のため先行渡来。
ホヒたちによる地固め完了後、本部隊として徐福(ホアカリ:火明)と童男・童女数千人が渡来し、倭人と混血していきました。
童男・童女数千人は倭人と混血し、後に秦族となります。
1.日本人祖先:古代人DNA 縄文人と出雲族
この日本人祖先をDNAから探求している結果から、日本人に3系統のDNAが含まれていることが明らかになっています
このDNA研究で明らかになった3系統DNAは、
・縄文祖先DNA
・北東アジア祖先DNA
・東アジア祖先DNAです
この研究には、各DNAの混入時期が下記のグラフで示されていますので添付します

これまで、出雲族を調べ、インドからアジア大陸を渡り、樺太や北海道経由で日本に入り、三内丸山遺跡、出雲と渡ってきたことが見えてきました
上記グラフから、出雲族は弥生人を構成する「北東アジア祖先DNA」の人々であった可能性が出てきました
出雲族は縄文人と混血し、やがて「弥生人」と呼ばれるようになった可能性があります
この日本人祖先DNA研究では、各地域の私たち日本人のゲノム解析の結果を、沖縄系K1、東北系K2,、関西系K3の分類した図が示されています
その図が下記です

弥生人としての特徴が「北東アジア祖先DNA」が混血した人種とすれば、今も北海道や東北には「北東アジア祖先DNA」が他地域より色濃く残るはずです
上記グラフの東北系K2がその系統なのかもしれません。
2.弥生人と徐福一行 古墳人の形成
また、2度目の渡来となった徐福一行と秦族は、古墳人を構成する「東アジア祖先DNA」の可能性がでてきました
この血統は、徐福_3度目の渡来(佐賀県の浮盃地区)でより強い混血が行わる基になっている可能性を秘めています
K1、K2、K3分類で関西と九州地区が他地域より青いK3を多く混血している点が徐福一行の渡来を意味している可能性を示しているのかもしれません
徐福の3度の渡来は同じDNA群とすれば、上述の祖先DNAの混流時期はイメージが合いそうです
2度目の徐福一行は、弥生人と混血を繰り返し、ヤマトへ進出。
3度目の徐福一行は九州地区で力をつけ混血し、物部族となり、神武天皇東征としてヤマトへ入ります。
結果的に徐福の系統が濃い関西系K2へと繋がったのではないでしょうか
まとめ
これまで、富士林雅樹著 「出雲王国とヤマト政権」大元出版を読んで、徐福一行の大集団が渡来したならば、痕跡が私たちのなかにあるのでは?と考えていました。
今日は、日本人祖先の3系統DNA説をご紹介しながら、各系統をイメージしてみました。
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