写真を始めると起きること
写真を始めると、私たちの身の回りに何が起きるのか。
もちろん個人差はあると思いますが、私自身の経験を交えてお話ししてみたいと思います。
少し長くなってしまうので、ご容赦ください。
1. 世界の見え方が劇的に変わる
まずは何と言っても、世界の見え方が変わります。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、決してそんなことはありません。
普段なら見落としてしまうような何気ない風景や、近所のいつもの景色が、明らかに違って見えてくるのです。

上手く言葉にできないのがもどかしいのですが、私の感覚では「世界がキラキラときれいに見えるようになる」という表現がしっくりきます。
私の尊敬する写真家の米美智子さんは、写真を撮ることを「宝物を探す感覚」と仰っていますが、まさしくその通り。
道端の小さな石や、ただの雑草でさえ、愛おしく思えてくるから不思議です。

写真を始めると、頭がクリエイティブモードに切り替わるのだと思います。そうすると自然に構図が見えてきたり、仕上がりのイメージがふっと浮かんできたりします。
そのイメージに技術と経験を総動員して近づけていくプロセスこそが、写真の醍醐味です。
価値観や性格が人それぞれ違うように、私たちが何に感動するかも違います。だからこそ「上手な写真」の概念も人それぞれ。
世間で上手と言われる写真もありますが、最終的には「本人が良いと思ったもの」が、一番いい写真なのだと私は思っています。

中には、天性のクリエイティブな才能を持っている方もいて、それを「センス」と呼ぶのでしょう。
そこには決して埋めることのできない差を感じてしまうこともありますが、最近のカメラは本当に高性能です。
オートでも驚くほどきれいに撮ってくれますし、時には「こう撮りたい」という理想を、カメラが先回りして叶えてくれることすらあります。
今のカメラは本当に優秀で、それもまた写真の楽しさの一つですね。

2. 興味関心の探究心がどこまでも広がる
景色が変わるだけでなく、内面にある探究心もぐっと広がっていきます。
写真を始めると、様々な人の感性に触れ、いろいろなジャンルの写真を目にするようになります。
その中には、必ず自分の心に真っ直ぐ「響く絵」があるはずです。
すると今度は、「自分もこんな写真を撮ってみたい」という気持ちが湧き上がってきます。

私自身、以前にも書いたように、最初は空の写真から始まり、奥入瀬渓流のようなスローシャッターの世界、風景写真、動物、そしてスナップへと、撮りたいものや興味関心がどんどん移り変わっていきました。
カメラやレンズは、その「撮りたいもの」にフォーカスして選べば大丈夫です。
以下、一般的なものです(好みがあるので、私の場合です)
花を撮りたいなら:マクロレンズ、望遠レンズ
広く壮大な風景を撮りたいなら:広角レンズ、標準レンズ、単焦点レンズ
野鳥や野生動物を撮りたいなら:望遠レンズ、超望遠レンズ
日常のスナップやテーブルフォトなら:標準レンズ、単焦点レンズ
ポートレートなら:単焦点レンズ など




よく「何を撮ったらいいのかわからない」という声を耳にしますが、カメラを買うときに「これを撮りたい」と思ったものがきっとあったはず。まずはそこから始めてみるのがおすすめです。「あれ、何か違うかな?」と思ったら、他の方の写真を見て心がときめく一枚を探してみたり、どうしても何にもときめかない時は、一度カメラから離れてみるのも一つの手です。きっと今じゃないんです。

カメラにもたくさんの種類がありますから、自分のできるところから一歩ずつ始めていけばいいのだと思います。
そして、きっとハマります(きっぱり)。

3. 「人生の投資」としての言い訳
それから、現実的なお話をすると……やはりお金はかかります(笑)。
カメラやレンズを揃えていくと、それなりの金額になります。
ただ、これは私のとっても都合の良い「言い訳」なのですが、人間の命は有限です。
以前読んで影響を受けた『DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)』という本にもありましたが、言うまでもなく今日の自分が一番若いわけです。
いくらお金があっても、年齢を重ねて健康を損なってしまっては、行きたい場所へ行って写真を撮ることは難しくなってしまいます。
だからこそ、お金と健康、そして年齢のバランスはとても大事だと思うのです。(言い訳です!)
要するに、経験にお金を使って、今しかできない日々を豊かに過ごすこと。
これこそが、自分への素晴らしい「投資」なのではないでしょうか。
「どうせ一度きりの人生なのだから、生きているうちに、動けるうちに全力で楽しもう」という感覚です。

なぜ、スマホではなくカメラを持つのか
「スマホで十分じゃないか」と言う方もたくさんいますし、私はそれを全く否定しません。スマホのカメラも非常に高性能ですし、スマホで宝探しをすることだって十分に可能です。何より、軽くて持ち運びが楽という最大のメリットがあります。
では、なぜわざわざ重いカメラを持つのか。
やはり、「そのカメラにしか撮れない絵」があるからです。

これは自己満足の世界かもしれませんが、「自分の理想のイメージ」にどこまで近づけるかを楽しむこの世界において、その理想を叶えてくれるのは、私の場合は、スマホではなくやっぱりカメラなのです。
もちろん、スマホの絵がイメージ通りならカメラを買う必要はありませんし、きっとカメラを持て余してしまうことでしょう。
撮り手の理想が高ければ高いほど、そして探究心が深ければ深いほど、その理想に近づくために、私たちはカメラを手に取るのだと思います。

カメラを構えることは、私にとって単なる趣味を超えて、人生を何倍も豊かにするための最高の手段になっています。
「写真を始めてみようかな」 もしそんな気持ちが少しでも胸の内に眠っているなら、ぜひ一歩を踏出してみてください。
高性能なスマホがポケットにある時代だからこそ、わざわざ重いカメラを持ち歩き、不器用にも自分の理想を追い求める――そんなちょっと贅沢で、最高にクリエイティブな「宝探しの旅」を、一緒に楽しんでみませんか?

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
あなたの日常にも、たくさんの素敵な宝物が見つかりますように。

あとがき
先日、あるクリエイターさんの「迷ったら動く?それとも現状維持?」という記事を目にしました。
そこには、「選んだ自分を後から正解にしていく。その積み重ねが、きっと過去の自分を超えていく」という言葉が綴られていて、私は共感しました。本当に、その通りだと思うのです。
カメラを始める時、高い機材を買う時、私たちは少なからず迷います。
「自分に使いこなせるだろうか」「お金がもったいないのではないか」と。
でも、そこで「動く」という選択をして、カメラを手にしたからこそ、私は世界がキラキラと輝く美しい光景に出会うことができました。
もし違和感があればその都度修正すればいいし、動きながら自分の選択を「大正解」に変えていけばいい。
今日の自分が、一番若い。
迷ったら、まずは動いてみる。
そうやって一歩を踏み出した今の私も、きっと間違いなく「正解」なんだと、ファインダーを覗きながら確信しています。
最後に、いつも訪問してくれた方、スキ、コメントをいただいている方、たくさんの励ましをいただき、本当に感謝しています。
私は文章が上手ではないので、気持ちが伝わらないこともあるかもしれませんが、いつも感謝しています。今後ともよろしくお願いします🙇
では、また。

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