11時に鳴る正午の鐘。正しさより大切なもの
旅をしていると、第一印象ほど当てにならないものはない。
チェコ第2の都市・ブルノに着いた日のこと。
プラハから列車で移動し、駅に降り立ったのは夕方。夏のヨーロッパは日が長い。
まだ明るいのに、どこか街全体が静かだった。
人通りも少ないし、観光客もほとんど見かけない。
正直に言うと着いた瞬間、「5日間は長かったかな」と思った。
世界一周をしていると、どうしても華やかな街と比べてしまう。
プラハのような美しい街並み、パリのような圧倒的な存在感ほどは求めてないのだけど、暗すぎる雰囲気は逆に変な人がいそうで怖いんだよね。
でも翌朝、その印象はあっさり覆された。
街に出ると、広場には人が集まり、カフェには笑い声が響き、市場には色とりどりの野菜や果物が並んでいた。
昨晩とはまるで別の街だったのだ。
到着した夜、街がひっそりしていたのは、ここが巨大な「学生の街」だからだということも後で知った。
週末や休みに学生が実家に帰ると、街が急に静まり返る独特のリズムがあるらしい。
あとは、ちょっと雨模様だった暗さもあったからかもしれない。
特に印象的だったのが市場。
農家の人たちが直接野菜を売っていて、花もあるし、果物もある。
そこにはスーパー特有の無機質さがなかった。
土の匂いがする。
人の顔が見える。
季節が見える。
ブルノが位置するモラヴィア地方の人々は、陽気でおしゃべりだと言われている。
プラハを東京とするなら、独自の言葉を持ち、地元愛に溢れたブルノは「チェコの大阪」のような場所なのだそう。
チェコといえばビールだが、ここはワインの産地でもあり、日常的に地元の白ワインを楽しむ文化が根付いている。
そのおおらかで人懐っこい気質が、この市場の温かい体温を作っていた。
ちょうど春だからなのか、アスパラガスやイチゴをよく見かけた。
スーパーにもオーガニック食品や量り売りのお店があり、街の探検がすっかり楽しくなっていた。
街を歩いていると、もう一つ不思議な縁を感じた。
着物を日常で纏い、紬や絞りなどの伝統的な織物を愛する私にとって、ブルノの歴史はとても興味深いものだった。
実はこの街、18世紀から19世紀にかけて毛織物などの繊維産業で大繁栄し、「オーストリア帝国のマンチェスター」と呼ばれた織物の街だったのだ。
日本の近代化を支えた繊維産業の歴史と、どこか重なる部分がある。
現在では「中欧のシリコンバレー」と呼ばれるIT都市へ生まれ変わっているが、古いレンガ造りの紡績工場を壊さず、カフェやコワーキングスペースとして「用途を変えて使い続ける」姿があちこちに見られた。
この「古いものを合理的に活かす」姿勢は、街の人々の働き方にも表れていた。
お店やスーパーに入ると、レジの店員さんは当たり前のように椅子に座って接客をしている。
隣のスタッフと楽しそうにおしゃべりをしながら手を動かし、喉が渇けば水を飲む。
日本では考えられない光景だが、この世界一周中には何度も見た光景。
日本のサービスは世界一丁寧で、完璧な笑顔と敬語で接客してくれる。
でも、その「完璧さ」を維持するために、働き手が自分をすり減らしてはいないだろうか。
ブルノの街は、建築様式においても「無駄な装飾を削ぎ落とし、実用性を重視する」という機能主義を追求してきた歴史があるそうだ。
見た目の美しさやお客様への過剰なサービスよりも、まず「自分たちが無理なく生きること」を重視している。
役割を演じるロボットではなく、血の通った一人の人間として働く。
個人事業主として自分で仕事をつくり、チームを築いているわたしにとって、この「自分を犠牲にしない働き方」は、とても健全でしなやかに見えた。
そんな彼らの「人間臭い合理性」がもっともよく表れているのが、わたしが妙に惹かれた、聖ペテロ・聖パウロ大聖堂の鐘のエピソードだ。
毎日11時になると、この教会では「正午の鐘」が鳴る。
17世紀、スウェーデン軍に包囲されたブルノは絶体絶命だった。
敵軍の将軍は「正午までに陥落しなければ撤退する」と宣言した。
そこで市民たちは機転を利かせ、なんと午前11時に「正午の鐘」を鳴らしてしまったのだ。
今聞くと笑い話のようだけれど、結果的にスウェーデン軍は撤退し、街は守られた。
日本だったらどうだろう?
「まだ11時なのに正午の鐘を鳴らすなんて、ルール違反だ」と言われるかもしれない。
時間は正確でなければならない。決まりは守らなければならない。
路面電車が時間通りに来て、約束を守る。それは間違いなく、世界に誇れる日本の素晴らしい文化だ。
でもブルノの市民は、絶体絶命の危機において、「正しいかどうか」ではなく、「生き残れるかどうか」を優先した。
ルールのために命を落とすのではなく、生きるためにルール(時間)を書き換えるという、大胆な選択と集中をやってのけたのだ。
陽気な市場も、用途を変えて生きつづける古い紡績工場も、座って笑いながら働く店員さんも、11時に鳴る正午の鐘も。
根底にあるスピリットはすべて繋がっている。
プラハは美しい街だった。
世界中から人が集まる理由もわかる。
でもブルノには、美しさとは違う、生活者としての逞しさと余白があった。
毎日着物を纏って石畳を歩いても、不思議と浮くことなく街の日常に溶け込める(気がしてる)。
カフェでゆったりし、息抜きにオーガニックショップや、量り売りのお店を覗く。
完璧じゃないし、派手でもないけれど、ここには「人が生きるための確かな体温」がある。
11時に鳴る少しフライングした正午の鐘。
正しさよりも大切なものを知っているこの街の人間臭さが、わたしはとても好きだ。
