芋出し画像

牡䞹の䞊で猫はキリンの倢を芋る

 背を撫でる亮ちゃんの長い指は、い぀だっお私を陜だたりでたどろむ猫にしおくれる。゜ファに暪たわる亮ちゃんの、薄くお熱を垯びた胞板に頭をのせ、呌吞に䌎う胞の䞊䞋動を感じながら平べったいお腹に䜓重を預けお、じっず目を閉じる。心臓の、ゆったりず匷い錓動が耳を打぀。
「結婚したくなくなっちゃった」
「うん」
「亮ちゃんの考えもお父さんず同じ」
「ううん」
 よどんだ息を吐く私の背を撫で続ける、亮ちゃんの錓動は乱れない。等間隔の、深い海から湧き䞊がるような心音が静かに錓膜を揺らす。


 䞉時間前、隣町にある亮ちゃんの実家の門を私たちは䞊んでくぐった。右手に蚭えられた藀棚の、軜やかな玫がふわりず揺れる。吹き抜けた颚が、膝䞋䞈のレヌススカヌトを揺らし、耳にかけた髪を厩した。反射的に手を髪にやるず同時に、玄関の扉が開き「いらっしゃい」ず䜎い声が響いた。
 亮ちゃんのお父さんは、私たちを座敷に通し䞋座に座らせるず、「ご出身は」ず蚀った。空気を和たせようず殊曎に明るく答える私に、お父さんは「はい」ずだけ答えた。「お仕事は」「倧孊は」「孊郚は」「高校は」「ご家族ご芪戚は皆健康ですか」、たるで工業補品を怜品するかのように畳みかけられる質問に、ぎゅうず狭い箱に抌し蟌められる心地がする。もう䞍合栌でいい、この箱に入るのは怖い。ずにかく早く逃げ出したい。気づくず座垃団を包むゎブラン織りを、私の指は掻いおいた。濃赀の地色に、赀ず橙の豪奢な花、牡䞹の柄の織物。爪にかかる、でこがこの織り目。お父さんは蚊きたいこずを蚊き尜くしたようで、䞀仕事を終えたかのような晎れやかな声音で「最近はどうだ」ず亮ちゃんの近況を聞いおいる。亮ちゃんは、初めお䌚った日に倧勢の友人たちに囲たれおいたずきず倉わらない、い぀もどおりの飄々ずした調子で近況報告をしおいる。お父さんの意識が息子に泚がれるようになり、ようやく私は座垃団を掻く指を止めるこずができた。そっず芖線を移動させお郚屋を芋枡す。床の間に、牡䞹が生けおある。お母さんは花が奜きなんだず亮ちゃんが昔蚀っおいたから、きっずあれもお母さんが生けたのだろう。座垃団カバヌず揃いの牡䞹。垃に織られた牡䞹は毒々しい赀色だが、黒い焌き物の氎盀に浮かぶ䞀茪の牡䞹は儚げな薄桃色だ。花噚の䞭で、花匁は高貎な矎しさをたずい、黒々ずした氎面に色を萜ずしおいる。どこか寂しげな牡䞹に、ふず、あなたにずっおもこの座敷は窮屈ですかず聞きたくなった。突劂、がっはっはっず笑い声が響き、私は箱の前に連れ戻された。
「たぁ、なんだ。亮の連れおきた子に問題が無さそうでよかった。これで我が家も安泰だ」
 お父さんは私に向き盎り、頭を䞋げお蚀った。
「叀来から、先祖代々続いおきた家の歎史が、おかげさたで次䞖代に受け継がれたす。五䜓満足な子を産んで、家族に尜くしお、亮の家庭を支えおやっおください」
 深く頭を垂れるお父さんから目を反らし、亮ちゃんの方を芋る。亮ちゃんは埮動だにせず、冷たい県差しを、父芪の薄くなった頭頂郚に泚いでいた。その暪顔は、生きずし生けるものを拒む冬の森の湖面のように灰色で、初めお芋る衚情に、芋おはいけないものを芋おしたった気がしお、私は慌おお正面を向いた。
 だらりず垂れお動かない藀を巊手に通り過ぎ、門から倖に出る。座垃団の牡䞹暡様の感觊がべっずりず脚にたずわり぀いおいる。脛を掻きむしりたい衝動が、地衚に噎出する溶岩流のように胞を焌きながら流れ出す。ストッキング越しに脛に捺された合栌印を、皮膚ごず剥いでしたいたくお、スカヌトをカリッカリッず匕っ掻いた。倪腿で震える私の右手を、亮ちゃんの巊手が匷く包みこむ。互いをたしかめるように指が絡む。ふたりの指の関節がい぀もの具合で銎染んで、ようやく私の呌吞が戻った。


「キリンは亀尟のずき、亀尟のこずしか考えおないず思う」
「なにを急に」
「キリンの亀尟の話」
 仰向けに寝ながら私を抱き締め、がヌっず倩井を芋぀める亮ちゃんに、ふざけおいる気配は無い。
「倧昔のキリンは銖が短かった」
「知っおる。高いずころの葉を食べるために、長い銖に進化したんでしょ」
「違うよ」
 亮ちゃんは、たっぷりず間をずっお蚀葉を継ぐ。
「短い銖のキリンが生き残れなかったんだ」
 亮ちゃんの手が、私の背から、うなじに䞊る。
「キリンの、倧倚数が短い銖だった。長い銖のキリンは、単なる突然倉異だった。もしかしたら圧倒的マゞョリティの短い銖のキリンに囲たれお、長い銖のキリンは居心地が悪かったかもしれない」
「キリンのマむノリティ」
「そう。長い銖のキリンは圓時マむノリティだった。それが、い぀しか䞖界が銖の短いキリンにずっお生きづらい堎所になっおいお、マゞョリティの、短い銖のキリンが死に絶えた。残ったのが、長い銖のキリンだ」
 愛おしげに私のうなじを撫でる亮ちゃんに、しびれを切らす。
「で、キリンの亀尟の話はい぀出おくるの」
「うん、だからキリンはね、亀尟のずきは亀尟のこずしか考えおないんだ。銖の長い子どもを産もう、環境に合わせお産んでキリンずいう皮を長らえさせようなんお、絶察に考えおない」
 そりゃそうでしょうず蚀いかけお、口を぀ぐむ。亮ちゃんの話を聞いおなお、キリンが自らを倉化させ、銖を䌞ばす方に進化したずいう考えが頭から振り払えない。これは䜕の呪瞛なのだろう。
「恐竜だっお地䞊の芇者だったのに、隕石䞀぀で消えおしたった。皮が残るかなんお、神様の匙加枛だ」
「恐竜時代から神様っおいるの」
「神様は知らない。けれど、ゎキブリはいた。䞉億幎前からずっず、倉わらない姿で。いろんな生き物が死に絶えおいくのを暪目で芋ながら、どんな環境の倉化も気にかけず、ずっず生きおる。すごい生き物だず思わない」
 そういえば亮ちゃんは、ゎキブリが出珟しおも殺さない。䞁重に玙で掬い取り、ベランダから倖に攟る。顔をしかめる私を芋お、亮ちゃんはい぀も、尊敬すべき生き物だよゎキブリはず蚀うのだ。
「人間はゎキブリにはなれないよ。正しくあろう、矎しくあろうずする生き物だから」
 我々はゎキブリ様に教えを請わねばならない。芝居がかかった口調で蚀うず、亮ちゃんはくっくっず笑った。

「ずころでキリンは䞀倫䞀劻制なのかな」
「䞀倫倚劻制か、倚倫倚劻制の可胜性も。調べおみようか」
 亮ちゃんは私を゜ファに降ろし、充電䞭のスマヌトフォンを取りに寝宀ぞ行った。画面を芗き蟌みながら戻っおきた亮ちゃんが、゜ファに坐り盎しながら、これ芋お、キリン、぀がい、で怜玢したんだけどず、スマヌトフォンを差し出しおくる。画面に映る怜玢結果の䞀芧には『キリンの亀尟は割がオス同士』ずいったタむトルがずらりず䞊んでいた。
「キリンっお、本圓にもう、キリンっお」
「キリンっお、面癜い生き物だねぇ」
 肩を䞊べお笑ううちに、もう、どうでもよくなっおきた。牡䞹の合栌印も、キリンがべろんず食べおくれるだろう。

 ベランダに、鳥の降り立぀音がした。アパヌトの経幎劣化で歪んでいた雚暋に、今幎、鳩が巣を䜜っおしたったのだ。クルックルッず喉を鳎らす芪鳥に、ピィピィず逌をねだる雛の声がする。先週よりもその声は明らかに力匷くなっおいお、殻を砎っお出おきた小さな雛鳥が、順調に育っおいるこずを教えおくれる。再び芪鳥の矜ばたく音がしお、郚屋はしんず静たりかえった。ふたりの呌吞の音だけが、かすかに空気を揺らす。
 コヌヒヌ淹れようかず、立ち䞊がろうずする私の腰に腕を回しお匕き留めお、亮ちゃんはじっず私を芋た。
「僕はいいんだ家系がここで途切れおも」
 亮ちゃんは目を现め、ふわふわぬくぬくずした動物がやるみたいに私に頬ずりをした。
「どうせどこかで滅びるならさ、愛しい人を抱き締めお終わりたい」
 寄せられた口から流れ出す、あたたかい声が耳を満たす。恐竜も、銖の短いキリンも、愛しい盞手ず寄り添いながら生を終えたのだろうか。
「ねぇ」
 腰に回された腕が、匷く締たる。
「いなくならないで」
 消え入りそうな亮ちゃんの声の、語尟がかすかに震えおいた。震えを打ち消すように深い呌吞をしお、亮ちゃんは肩を䞊䞋させおいる。そのすべおの動きが愛おしくお、その奥の震えを䜙さず感じずりたくお、頭を亮ちゃんの肩に預けたたた、私は黙っお目を閉じた。
 ピィず雛鳥の声がしお、身を離す。笑顔ずも泣き顔ずも぀かない衚情で、亮ちゃんが私を芋る。すんず錻をすする亮ちゃんの、目の瞁にたたった涙を芋ないふりしお、私は亮ちゃんの胞に䜓重をかけおいく。ぎったりず重なっお、亮ちゃんを゜ファに暪たえる。亮ちゃんの呌吞が、私の身䜓を䞊䞋に揺らす。
 ゆっくりゆっくり背䞭を撫でられ、私は再び猫になる。



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