SNSの評価を意識しすぎて、カメラが嫌いになりかけた話
カメラを趣味にしていると、どうしてもSNSの存在が近くにある。
誰かの写真がバズっていたり、有名な撮影スポットが流れてきたり。
「いいね」が何千とついている写真を見ると、すごいなと思う反面、どこかでそれを意識してしまう。
気づけば、自分もその流れの中にいた。
カメラに熱中し始めた頃
これは5年ほど前の話。
最初はただ、写真を見るのが楽しかった。
同じカメラを使っている人の写真や、見たことのない景色。
SNSは、自分の知らない世界を見せてくれる場所でもあった。
「こんな写真が撮れるんだ」
「この場所、行ってみたいな」
そんなふうに思いながら、カメラを持って出かけることも増えていった。
少しずつ生まれた違和感
でも、ある頃から少しずつ違和感を感じるようになった。
有名な撮影スポット。
SNSでよく見かける構図。
多くの人が「いいね」を集めている写真。
そういうものを知れば知るほど、
自分の写真も、どこかそれに近づいていく。
撮る前に、ふと考える。
「これ、SNSで評価されるかな」
その瞬間、カメラとの関係が少しだけ変わった気がした。
本当は、ただ面白いと思ったものを撮りたかったはずなのに、
いつの間にか「評価されるかどうか」が先に頭に浮かぶようになっていた。
撮影地を探すときに、SNSを活用する人は多いと思う。
自分も例外ではない。
撮影に行く場所を決めるときは、
Google Mapに添付されている写真を参考にすることも多い。
そういう意味では、自分もSNSやインターネットを
撮影地探しに活用している側だと思う。
ただ、その場に立っていると、
たまに自分の中でふとこんなことを考える瞬間があった。
「自分は、何を撮りたいんだろう」
誰かの写真をなぞるのではなく、
自分はどんな景色に惹かれるんだろう。
そんなことを考えるようになった。
写真が少し苦しくなった瞬間
気づけば写真を撮る前に、
「これSNSでウケるかな」と考えるようになっていた。
その瞬間、カメラは少しだけ楽しくなくなってしまった。
カメラを持って外に出ても、
どこか義務のような感覚があった。
いい写真を撮らなければいけない。
SNSに出せる写真を撮らなければいけない。
そんなことを考えているうちに、
ふと「これって楽しいんだっけ?」と思う瞬間があった。
評価と自分の好きは一致しない
もちろん、SNSで評価される写真が悪いわけではない。
影響力のある人たちの写真には学ぶことも多いし、
そこに憧れる気持ちもよく分かる。
ただ、自分の場合は、それを意識しすぎると
カメラとの距離感がおかしくなってしまうらしい。
ある時、ミュージシャンのインタビューで
こんな話を聞いたことがある。
「自分が一番好きな曲と、世間で一番評価される曲はだいたい違う」
また、これは自分らしくないと思っていた曲が
大きく評価されて最初は戸惑ったなんてこともあるらしい。
今なら少し分かる気がする。
これは写真にも、どこか通じるものがあるのかもしれない。
自分が撮りたいと思う写真と、
世の中で評価される写真。
その二つは、必ずしも一致するとは限らない。
北海道で写真を撮ること
自分は北海道が大好きで、
年に一度は必ず行くほどだ。
広大な土地。
四季折々に表情を変える景色。
どこまでも続くような空と、数々の絶景。
そして、その中で生きている多種多様な動植物。
北海道には、カメラを向けたくなる理由が至るところにある。
ただ、ここまで書いてきたような考えに至ってから、
まだ一度も北海道に行けていない。
もし次に行くときは、
少し違う気持ちでカメラを持つことになる気がする。
有名な景色を撮ることも、これからもきっと楽しいはずだ。
でもそれと同じくらい、
自分が本当に「いいな」と思った景色も
見つけて撮ってみたい。
そんなことを思いながら、
次に北海道に行く日を楽しみにしている。
プロを目指すことについて考えた
特にプロを目指すとなると、
「求められる写真」と「自分が撮りたい写真」が
同じ方向を向くとは限らないのかもしれない。
そう考えると、ふと思い出すことがある。
5年ほど前、(自分が前述した北海道で写真を撮る事にはまり出した時期)
「写真でご飯を食べられたら幸せかもしれない」と
ぼんやり思っていた時期があった。
写真が好きで、
もしそれで生きていけたら素敵だな、と。
でも今の自分を振り返ると、
気づかないうちに別の方向へ進んでいる気がする。
SNSの評価を気にしすぎると、
カメラが少し苦しくなる。
誰かに求められる写真を撮ろうとすると、
自分の感覚が少し遠くなる。
そう感じる自分は、
自然とプロを目指さない方向へ進んでいるのかもしれない。
でも、それでいいのだと思う。
自分が撮りたいもの
有名な景色を撮ることも、きっと楽しい。
多くの人がカメラを向けるのには、それだけの理由がある。
でもそれと同じくらい、
自分がふと「いいな」と思った景色も
大事にしていたい。
道端のガラスに映った光だったり、
ふとした影の形だったり、
誰も気に留めないような景色だったり。
そういうものを見つけて、
ただ「面白い」と思ってシャッターを切る。
少なくとも自分にとっては、
そういう瞬間の方が、カメラを持つ理由に近い。
SNSがある時代だからこそ、
ときどき立ち止まって考える。
自分は、何を撮りたいんだろう。
