こんな午後のことを、幸せと呼ぶのだろう【第二子出産、産後ケアにて】
まるで何かに守られているかのような午後だった。7月9日、14時23分。おなかいっぱいに母乳を飲んで、げふり、と満足そうな社長のようなお顔で隣で眠る娘のかすかな寝息と、上下するちいさなお胸。
冷房が26.5℃でやさしく効いている。室外機の音が窓の向こうからすこし聞こえる。廊下からは別の赤ちゃんの泣き声。
この産後ケア施設は生後4ヶ月までの赤ちゃんしか滞在できない。ゆえに声の主はそれくらいの月齢の子なのだろう。誰かが抱いたのか、泣き声が消える。
娘が産まれてから、ちょうど1週間が経った。今日で生後7日目、と数えるらしい。最初の日を日本は「ゼロ日」と数えるようなので、厳密にはこの子と過ごし始めて8日目の午後。
先週までお腹にいたのね、とおくるみからはみ出てすこし冷たくなってしまった指先を温めながら、手をそっと握ったりする。

ちいさな足。こんなに小さかったっけな、と第一子の息子の記憶を手繰り寄せる。

どうか、どうか無事に産まれますようにと願いながら、トツキトオカ。前半のつわりや安定期前の辛さは今思い出しても「もうできない」と思うほど耐え難いそれだったが、「今産まれたら早産」の危機感と不安も、なかなかのものだった。
https://note.com/tomomisa/n/n5409bb21eb44%0A
第一子も第二子も、破水はじまりの出産だった。
第一子とお昼寝に興じてしまったそれこそ1週間前のこれくらいの時間帯。「カツン!」と産道のあたりをトンカチで強く叩かれたような、太い栓で叩き上げられたような衝撃で目を覚ました。
「なんだ……?」と思いながら再びウトウトし始めて、そしてまた同じような「コツン!!」の衝撃。「ほえ……?」と思うや否や、「破水だ!」の感触とともに飛び起きて、破水パッドを探し当てながら隣室でリモートワークをする夫に「きたきたきたきた」と伝えた。
トイレに行くと、かすかなピンク色のものがトイレットペーパーに付いていた。破水とおしるし。完全なるお産の兆候。
「よし。よし、やるぞ」
リビングに戻り、すやりすやりと眠る第一子の健やかな後ろ姿を眺めながら、心の中でそう思った。すこしだけ涙が出そうだった。何の涙かはわからない。武者震いみたいな類のものだったと思う。とにかく「ついにだ。やるぞ」と思った。
今日は出社の予定だったのに、返上でなぜか家にいてくれた夫に心底感謝した。手足口病で保育園に行けなかった息子。任せて私は産院へ向かえる。念のためとあらかじめ登録してあった陣痛タクシーはすでに呼んだ。ひとりで向かおう。ここは任せたよ、夫。
行ってきますを言えなかった息子にごめんねと伝え、大好きよとキスをして、夫とハグをして玄関へと向かう。「もし深夜の出産だったら、立ち会いにきて」。ここからは時の運。
出発したのは17時頃。結果、その日の23時前に本陣痛が起こり、私は深夜3時半に第二子の娘を産んだ。夫は奇跡的に立ち会え、そして息子が朝目を覚ます前に、と急足で帰っていった。目覚めには無事間に合ったらしい。
大事なものがふたつに増えたこの日のこと。出産のレポートはまたいつか書けたらいい。

——あれから、1週間。第一子のおかげで開通作業を終えていた母乳をごくごく飲み、生後3日にして完全母乳で始まった私たちのあたらしい暮らしたち。
娘の顔は、どこか息子に似ていた。どんな子に育ってゆくのか。産後、入院しながらのビデオ通話の向こう側で、最近どハマりしている「だだんだん(アンパンマンに出てくるバイキンマンの乗り物的なロボ)」を真似て部屋中走り回る、暴れん坊やをにこにこ眺めながら想う。
とにかく、とにかく無事に産まれて欲しいと願っていた。それは、ここまで好き勝手に生きてきた私の、30代最後の自分勝手な願いだった。
まるで何かに守られているかのような、穏やかな今日の午後。「きっとこれを幸せと言うのね」と娘の頭を撫ぜながら、夏の始まりそうな空を見る。

保育園を再開した息子が、また新しい感染症に今週かかったら、どうしたらいいんだっけな、とか、不安はまだある。でも
「健康に産まれてきてくれたなら、あとのことはどうにでもなる」
昨日、面会にきた夫が言った。私もそう思うよ。うん、そうだね。まずは、心の底からよかったねぇ。
すやり、すやりと寝息の気配。私も目を瞑って休もうか、今のうち。産後ケアが終わって自宅に帰ったら、だだんだん2歳児が私を待つ。10日間も突然ママがいなくなって、その間高熱と飲食ができない苦しみに耐えた、まだまだちいさな私の子。
お兄ちゃんなんだから、は絶対に言わないと決めている。彼が望んだわけじゃない。ただ、もし叶うのなら。君も一緒に愛しく思ってくれる未来があったらいい。きっと私たち家族の末娘となるであろう、第二子のまだ名前のない、3,300グラムの女の子のこと。

30代が、終わってゆく。
安易には言えないけれど。それでも、やっぱり。
なんて良い10年だったんだろう、と思う。ここから、残すところあと最後の数週間。味わって生きてみようじゃない、新しいいのちの匂いとともに。
30代に悔いなし、と、フライングで言ってしまいそうなほど、満たされた午後の光の中。明日、きっと私たちの子どもは、初めて直接顔を見合う。対面の日、だ。
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