ピアノ音楽と世界遺産の旅Vol.1オーストリア~モーツァルトと世界遺産~ (2025.4.3 #20)
幼少の頃からピアノだけはずっと続けていて、まだまだ夢がある。
旅好きで、もっと世界の知識を得て旅に出たいという理由で世界遺産検定を取り始めた。
これら異色を掛け合わせて、ピアノ世界遺産旅をお届けしていこうと思います!!
1.モーツァルト
〇敏腕マネージャー父レオポルド
天才モーツァルトは幼少の頃、
フランス,イタリアに演奏旅行に赴き、
各地で神童ともてはやされ、
その実力はローマ教皇からも認められたほど🎶
そんな幼きモーツァルトの成功は
父レオポルドという、
敏腕マネージャーが存在があったからなのです!
父はモーツァルトにとって、
逃れたいけど中々逃れられない存在。
モーツァルトの時代の音楽家とは、
宮廷や貴族の雇われ音楽家として生計を立てており、
基本お城や貴族宅が職場。
今のサラリーマンと同じですかね。
自由な演奏旅行を勝手にしようものなら、
演奏旅行!?休む!?はぁ!?!?という時代。
それを見事やってのけた父レオポルドは、
お城の主である大司教や同僚への根回し、
旅の道中手配を見事にやってのけ、
黒子的な立ち位置のかなりの強者だと思っております。
〇モーツァルトの内面
そんな時代背景なので、曲の内容も王様や貴族の為のもの。
”自分の気持ちを音にしたためる”なんてのは、
もっともっと後の時代になってからの話!
モーツァルト達音楽家の時代は王様や貴族の食事やパーティ為のBGM。
だからモーツァルトの曲は、天真爛漫な明るい曲が多くて、
どこかその明るさが表面的に人工的に聞こえてしまうのかなとも思います。
とはいえ、やはり彼も人間なんでしょうね。
曲の中にふと暗い影が登場したり、
晩年の曲は悲しい気持ちを吐露しているかのような、
心にジーンとくる良い曲が残されています✨
ピアノ曲だと、”幻想曲ニ短調K.397”、”ピアノ協奏曲第20番ニ短調”。
オーケストラだと”第40番 ト短調 K550”、
あと”レクイエム”なんかも一般的には有名でしょうか。
私からはピアノソナタヘ長調K.280を紹介したいと思います!
これはモーツァルトが少年~青年へ移り変わる時期の曲で、
基本かわいらしい曲なのですが、
父レオポルドへの恐怖心が表れている!?かもしれない、
少しブラックな個所を抜粋してみました!
2.世界遺産
〇ザルツブルクの歴史地区

1996年に世界遺産(分類:文化遺産)登録となった州都ザルツブルク。
ドイツとの国境に近いオーストリア北西部に位置しており、
今ではザルツブルク音楽祭と、
何といってもモーツァルト誕生の地として世界的に有名な都市です。
お山のてっぺんにあるのがモーツァルトも一時期務めた、
ホーエンザルツブルク城。
ここは王家ではなく、大司教が治めたお城。
モーツァルトは当時”石の城”と呼んで、
どこか田舎じみた城と嫌悪感を抱いているような言い方もしていたようです。
が、今では中世の面影が残る歴史的な街並みが非常に美しく、
別名「北のフィレンツェ」と呼ばれるほどに✨
〇シェーンブルン宮殿と庭園

こちらも同じく1996年に世界遺産(分類:文化遺産)登録となりました。
名門ハプスブルク家の威光を放つ壮麗な宮殿ですね!
モーツァルトが生きていた時ここにいたのは、
女帝マリア・テレジア👑
モーツァルトはマリア・テレジアの前でも演奏をしています。
ですがマリア・テレジアは、天才モーツァルトご一行を猿集団と呼んでいた、なんて事も言われています…。
音楽家達の社会ステータスが低い事も大いに影響していて、
モーツァルト達をどこか差別的に見ていたようですね。
もう一人重要人物、
マリー・アントワネット。
彼女とモーツァルトは年が近いようで、
披露演奏でモーツァルトがこの宮殿を訪れた時の逸話があって!
モーツァルトが転んで手を取って起こしてくれたのが、
マリー・アントワネットだったとの事♡
3.最後に
初回はオーストリアになりました☺
目指せ世界196か国でとりあえずスタートしてみたいと思います。
ここまでお読み頂きありがとうございました!!
