バイクに乗りたいのに乗れない
はじめに
バイクに乗りたいな、とずっと思っている。
思っているだけで、全く乗れていない。
今持っているのは、セローとモンキーの2台。
昔はNS-1を3台、カブも3台くらい。RVFやバリオスにも乗っていました。
現在はほとんど手放してしまって、眠らせている車両もありません。
乗りたい気持ちだけがずっとある、今日はそういうぼやきの話です。
時間が無い
乗れない一番の理由は、時間がないこと。
これは間違いない。
もう一つの理由として
私の移動は、そのほとんどが仕事です。
そして、その仕事には工具を積んでいく。ときには泊まりの荷物も要る。
そうすると、なかなかバイクでは行けず、結局クルマになります。
バイクは身軽で自由な乗り物のはずなのに、バイクで動くには荷物が多すぎる。
乗りたいのに乗れない理由が、忙しいのではなく、仕事の中身そのものにあるというのも、なんとも自分らしい。

カブの九州旅
私はバイクに乗って遠くに行きたいんですよ。
これまでで一番思い出があるのは、カブです。

学生最後の夏休みに、埼玉の実家から、九州まで旅をしました。
辛い思いもたくさんしたのですが、不思議と楽しかった記憶ばかりが残っています。
しんどかったはずの峠も、暑さも、野宿をした夜も、今思い返すと全部ひっくるめて良かった。
快適さとは別のところに満足がある。

周りが乗っている
私の周りには、バイク乗りが多いんです。
彼らと話をしていると、やっぱり乗りたくなる。
ツーリングの話、新しく買った車両の話、どこそこの飯が美味かったとかね。

全然乗っていないのに車両を持っているのももったいない。
走らせてこそのバイクなのにね~。

時間は平等である
ここまで時間がないと書いてきたけれど、本当は、時間がないわけではない。
時間ほど万人に平等なものは他にない。
一日24時間は、誰にでも同じだけ流れている。
その時間をどう使うかで、結果の異なる人がたくさんいる。
私は仕事に忙しいけれど、仕事は道楽みたいなものです。
仕事が辛いとか、プライベートの時間が無くてストレスがたまるとか、そんなことは無い。
だからこそ「バイクに乗る時間ないよなー」というぼやき。
私がバイクに乗っていても、誰も喜びはしないのですが
私が仕事をすると、喜ぶ人がいるのです。
そうなると、時間は自然と仕事に流れていきます。
乗れないのではなく、優先順位の高いものから時間を使っていったら、バイクの番がいつまでも回ってこないのです。

服装
もう一つ悩ましいのが服装。
バイクは、クルマ以上に服装が大事です。
転んだときに危ない、という安全面はいったん置いたとしても、乗っている自分も含めて、バイクのデザインの一部になっている。
だから、カッコ悪い格好では乗りたくない。
でも、バイクのウェアを真面目に揃えると、これが高いのなんの!
しかも私、身長の割に妙に手足が長いらしく、日本製のウェアを着ると袖も裾もつんつるてんになる。
カッコよくもないし、冬場はそこから風が入って非常に寒い。
乗る時間もない、荷物も多い、そのうえ着るものにも困る。
我ながらよく言い訳が出てくるものだ(笑)

ぼやきの結論
たまには無意味なことをする時間を作りたい。
誰も喜ばない。何の役にも立たない。ただ自分が楽しいだけの時間。
私の中で、バイクはその筆頭です。
いつか余裕ができたら乗りたいなとは思う。
しかし、いつかやろうと思っていることは、思い切って時間を作らないと、いつまでもできない。
向こうから、都合よく余裕がやってくることは無い。
もう一つ思うのは、身の回りの人がバイクに乗っているかどうか。
一緒に走る相手がいれば乗る機会は増えるし、いなければ、どんどん腰は重くなる。
乗りたいなら自分で動くしかない。
分かってはいる。
分かってはいるんだけど、今日もまた工具を積み、クルマで出かけるのです。

まとめ
無駄にこそ人生の醍醐味があると、私は考えています。
もっと無駄を謳歌できるように、今を頑張らないといけない。
それと同時に、さっさと今から無駄を楽しみに生きたい。
その両方が、いつも自分の中にいます。
学生の頃とか、無意味なことをする時間が山ほどあったはずなんですけどね。
いつからそういう時間が無くなってしまったのでしょうか?
実につまらない大人になってしまった自覚がでてきました。
あなたはどうでしょう?
乗りたいのに乗れていないもの、ありませんか?

ほな、またね~
