自分軸は「強さ」ではなく「戻る場所」かもしれない
(約 1800 文字)
「自分軸」という言葉は、いろいろな文脈で使われるので、少し扱いづらい言葉だと感じています。
強さ、ブレなさ、意志の硬さ。そうしたイメージで語られることも多いからです。
ただ、最近の自分を振り返ってみると、
「強くなった」というよりも、
判断を自分に返せる場所ができてきた、という感覚のほうがしっくりきました。
わたしの中での自分軸の定義は
自分軸 = 判断の基準が自分の中にある状態
です。
揺れないことでも、迷わないことでもなく、
迷ったあとに、もう一度立ち戻れる場所がある。
そんな状態を指している言葉です。
自分軸は、なぜ「強さ」だと思われやすいのか?
自分軸という言葉が使われるとき、
そこにはしばしば「ブレない自分」「他人に左右されない自分」という像が重なります。
けれど実際の生活では、
人は迷いますし、影響も受けますし、判断を間違えることもあります。
そのたびに
「自分軸が足りないからだ」
と考えてしまうと、かえってしんどくなってしまう。
自分軸を、
常に正しい判断をするための強さ
として捉えてしまうと、維持するだけで疲れてしまうからです。
子どもができて、判断の主語が変わった
最近、自分軸ができてきたと感じる理由の一つは、子どもができたことです。
子育てに関する情報は、本当にたくさんあります。
「こうしたほうがいい」「それは良くない」
正反対の意見が、同時に目に入ってくることも珍しくありません。
その中で、
「どれが正解か」を探すのではなく、
「この子にとって、今、何が必要か」
を考えるようになりました。
子どものためだと思うと、
なんとなくの判断では済ませられない。
だからこそ、情報を集めたうえで、最後は自分で選ぶ。
その繰り返しが、
判断の主語を「世間」から「自分」に戻してくれた気がします。
やりたいことがあると、意見の扱い方が変わる
二つ目は、やりたいことが明確になったことです。
「ゆるこみ」という、
AIが孤独や疲れた心をサポートする仕組みを作りたい、
という思いがあります。
何かを作ろうとすると、
多くの意見に触れます。
それ自体は、とてもありがたいことです。
ただ、そのすべてを採用しようとすると、
本来やりたかったものが、少しずつ削れてしまう。
だから最近は、
意見を正解か不正解かで評価するのではなく、
材料として受け取るようになりました。
最終的に決めるのは自分。
その前提があるだけで、
他人の意見に振り回されにくくなった気がします。
前提を疑うことで、判断は軽くなる
三つ目は、仏教との出会いです。
わたしが惹かれたのは、
儀式や信仰というよりも、
「人はどうすれば悩まずに生きられるのか」を考え続けた、
哲学としての側面でした。
無常という考え方や、
自分が当たり前だと思っていた前提を見直す視点に触れていると、
その前提は本当に必要なのか
それは、いつからそうだと思い込んでいたのか
と考えるようになります。
前提が揺らぐと、
判断そのものが、少し軽くなります。
「こうあるべきだから」ではなく、
「今の自分はどう感じているか」
に戻りやすくなるからです。
自分軸ができて、何が変わったのか?
自分軸ができたからといって、
迷わなくなったわけではありません。
ただ、次のような変化は感じています。
生きるのが、少し楽になりました
周りの評価に、振り回されにくくなりました
自分にとって必要なものを、選ぶようになりました
そして、相手のことが、以前よりよく見えるようになりました
自分の判断を自分で引き受けるようになると、
相手をコントロールしたり、評価したりする必要が減ります。
「この人は、今、何を大切にしているのだろう」
と、一歩引いて見る余裕が生まれる。
それは、
自分軸が自己中心ではなく、
関係性を穏やかにするものでもある、
という実感につながっています。
自分軸は「戻ってこれる場所」
だから今は、
自分軸を「強さ」だとはあまり思っていません。
疲れてもいいし、迷ってもいい。
一度ブレても構わない。
それでも最後に、
「じゃあ自分はどうしたいのか」
「今の自分にとって何が必要なのか」
と戻ってこれる場所。
それが、自分軸なのかもしれない。
最近は、そんなふうに感じています。
もしよければ、
最近の判断を一つだけ振り返ってみてください。
それは、
誰の基準で決めたものでしたでしょうか。
いちごいぬ🐶
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