「いい写真は誰でも撮れる 講評編」で写真への理解が深まった話
幡野広志さん主催のワークショップ「いい写真は誰でも撮れる 講評編」に参加しました。4回目となるワークショップは、良い意味でそれまでとは趣の違うものでした。今回はわたしにとって、まるでオーダーのシャツを仕立ててもらうような体験になりました。

セレクト、現像した50枚の写真を持ち寄り、幡野さんからの講評を受けるというこのワークショップ。参加条件はこれまでのワークショップの、いずれかに参加したことがある人。今回の参加者は7名。事前に送られている質問に答えていただく時間のあと、順番に講評が始まった。
50枚の写真を前に幡野さんが質問をしながら講評と提案がすすむ。それは写真そのものの評価というよりも、写真から撮影者の生活と思考をたどる時間だった。写真を鏡として人そのものが垣間見えていく。
自分の写真がどれくらい成長しているのかを知るいい機会だと思っていたが、この自分以外の写真をたくさん見るということが、思いがけず素晴らしい体験となった。
各人がよりすぐった、50枚の写真。数枚ではわからないかもしれないが、50枚という量は撮影者の人間性が浮き彫りになる。そこに写るのはその人が送っている日常であり、自分がどう見られたいかという思惑でもあり、なによりその人が大切にしているものたちだ。
写真をスクロールしながら順に見ていく。画面が止まり、幡野さんから質問が発せられ、それに答える撮影者の言葉が加わる。これが7人分、350枚あるのだ。浴びるという表現がぴったりだなと途中から感じていた。他人の走馬灯を一緒に見せてもらっている体験と言えばわかってもらえるだろうか。写真とともに語られる言葉は、その人が書くエッセーなのだと思った。そして自分の番が来た。

わたしはここ数年、写真をモノクロで現像している。色のないモノクロ写真の方が、現像に迷いがないように思うし、撮ったときの自分の内面がよく出ている、合っていると感じる。高校時代、写真部で暗室にこもり、自分の手でモノクロフィルムを現像していた。その経験が関係していると思う。
幡野さんはわたしの写真を見て、「モノクロの感じがいいなぁ。なんでモノクロなんですか?」と問いかけ、暗室経験があることを話すと、なるほどなるほど、だからかー。と納得されていた。その上で、写真展をされてみては、というありがたい提案をいただいた。過去の経験が写真に活きていることを、肯定してもらえたと感じたのだった。

今回のワークショップでとくに印象的だったのは、幡野さんが今まで以上に参加者それぞれの内面に踏み込み、アドバイスをカスタマイズしていることでした。
各人の50枚の写真からは、それぞれの生活の状況や、見出された喜びが見えてきます。そこではその人だけのオリジナルが表現されていて、その人自身を形作っていると思いました。
幡野さんはその人のオリジナリティを丁寧にすくい取って、これから写真とどう向き合えばいいのかを、一人ひとりの参加者に説いていると感じました。
「みなさん写真が良くて安心しました」とおっしゃってくださった幡野さん。スムーズに進行するようサポートしてくださった狩野さん、辻さん。美味しいお菓子とお茶の時間をくださった小池さん。そして一緒にあの時間を共有した6人の参加者のみなさんにあらためてお礼を申し上げます。
1年後ぐらいに、また受けてみたいと思いました。自分だけの写真との向き合い方を、オーダーシャツのように仕立ててもらえるこの体験が、写真を撮るということのより深い理解につながると思います。
(以下ワークショップに持っていった写真の一部)













