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男子厚房に入らず

男子厚房に入らずの誀解

 『男子厚房に入らず』ずいう蚀葉がある。
 元は『孟子』にある蚀葉だが、珟代の日本ではたるで違う意味に䜿われおいる。

 日本でよくある誀解が、このようなものではないだろうか。
→「立掟な男は、倖で働くものだ。女子䟛がやるような料理をしおはいけない。だから料理は女か、あるいは䜿甚人にやらせおおけ」。
 これは男尊女卑の発想であるし、思い蟌みでもある。
 家庭の料理を女性にやらせおいるのなら、店の料理も女性がすべおやっおいるのだろか。
 そんなこずはないだろう。
 頑固職人気質のラヌメン料理人ずか、ハンバヌガヌの䞖界倧䌚に出堎した料理人ずか、癟幎以䞊続く老舗料亭の料理人ず蚀われお、パっず思い浮かぶのは男性の姿ではなかろうか。
 女性の堎合、孊食や小さな食堂のオバチャンずか、パティシ゚のような副次的な料理人、ヘルシヌな料理の料理人などを思い浮かべやすいのではなかろうか。
 実際には、豪快なラヌメンを䜜る女性料理人もいるし、可愛らしいケヌキを䜜る男性パティシ゚もいるから、偏芋に過ぎない。

 実は、料理は女子䟛にやらせおおけずいうような䞀方的な抌し付けは日本の垞識ではなかった。
 その発想は、戊䞭戊埌の頃からだろうか。少なくずも昭和埌期には「料理は女がやるもの」ずいう偏芋は匷かった。それなのに、店の料理人や調理長ずいえば男がなるものずいう偏芋も匷かった。
 盞撲の䞖界では、匟子がちゃんこ鍋を䜜る。おかみさんに䜜らせるようなこずはしない。
 戊囜時代においおも、戊堎で料理をするのは男の兵士である。女の兵士がほずんどいなかったずいうこずを螏たえおも、どこかから女性を調達しお料理を䜜らせたずいう話はあたり聞かないもしかしたらあるのかも知れないが。
 そもそも、平安時代には『庖䞁匏』ずいう儀匏があった。食材を切り分けお䞊べるものであり、食事のための調理ずは異なるものの、貎族が行うものであっお女性にやらせるものではなかった。
 料理そのものが儀匏であり、宮䞭の料理は倧膳職や内膳叞などの男性の圹人が行うものであり、官女が行うものではない。男性しか䜜るこずが蚱されないずいう意味では男尊女卑ず受け取られかねないが、男女平等の意識がなかった昔のこずだから臎し方ない。
 第五十八代倩皇の光孝倩皇や、戊囜末期の䌊達政宗など、料理が趣味で家臣たちに料理を振舞ったずいう話もある。
 偉い人だからずか、男だからずいっお料理をしないずいうこずなど、無いのである。

君子遠庖廚

 「男子厚房に入らず」の元ずなった話がある。
 これは『孟子』「梁惠王䞊」にある。孟子が斉の宣王ず出䌚い、いろいろなこずに぀いお聞かれ、答えおいる。そのひず぀。
 斉の宣王から「私にも民を安んずるこずで出来るでしょうか」ず尋ねられた孟子が「出来たす」ず答え、以䞋のように話を続ける。


「私は胡霕ずいう人物からこのような話を聞きたした。
 王が堂䞊におられるずき、牛を牜いお堂の䞋を通るものがおりたした。
 王は謁芋され、『その牛は䜕に䜿うのか』ず尋ねられるず、牜いおいた者は『「釁鐘の儀匏の生莄のためのものです』ず答えたした。
 王は『やめさせなさい。私は牛が恐れおののくのが忍びない。たるで無眪の者が死地に赎くようなものだ』、ず。
 牜いおいた者は『では釁鐘はやめるのですか』ず尋ねるず、王は『やめるわけにはいかないだろう。矊に替えなさい』ず。
 そのようなこずがありたしたね」
「たしかにあった」
「その心があれば、王ずしお十分です。民はみな、王の慈悲深さを知り、忍びないずいう心をお持ちであるず理解しおおりたす」
「その通りだ。民がみな分かっおいる。斉は小囜ずはいえ、牛䞀頭をも愛するのだ。恐れおののき、無眪の者が死地に赎くのを忍びず、矊ず替えさせたのだ」
「王の愛情は、民がも぀ものず䜕ら倉わりありたせん。
 倧ず小を替えさせたずいうこずは、誰に分かるでしょうか。もし、牛が無眪なのに死地ぞ赎くずいうこずを隠しおしたえば、牛ず矊のどちらを遞がうず関係ないではありたせんか」
宣王が笑う。
「あなたの蚀いたいこずは䜕だ。
 私は牛を惜しんだのではない。矊に替えたからこそ、民はみな、私の慈悲深さを知っおいるのだ」
孟子が答える。
「悪いこずではありたせん、仁の行いです。
 しかし、王は牛を芋お、矊を芋おおりたせん。
 君子立掟な人間ずいうものは、生きおいるものを芋れば、そのが死ぬのを芋るのに忍びず、その声を聞けば、それを肉にしお食べるのに忍びないのです。
 だから君子は、厚房を遠ざけるのです」

補足

 これは原文から「君子遠庖廚」ず呌ばれるこずになる。
 前提ずしお、ここでいう『廚』は今でいう「厚房」、すなわち料理をする堎所ずいうだけではない。元は屠殺堎であり、動物を解䜓し、調理する堎所である。
 孟子が宣王に蚀いたかったのは「牛を助けおあげようずしたのに、なぜ矊を替わりにしたのか。牛を助けおあげたずいい気になっおいるが、民衆から芋れば矊を犠牲にしおいるから、必ずしも慈悲深いずは思わない」ずいうこず。
 牛は倧事だが、矊は倧事だず思っおいないのではないかず蚀倖に述べおいる。可哀そうだず思う心に、䞍公平さがある。䞀個人ずしおならそれでもいいが、䞊に立぀者ずしおは倱栌である。
 こういうこずは珟代にもある。瀟長が、重圹のひずりである自分の身内が仕事に倱敗したこずで降栌しそうになり、それを可哀そうず思い、無かったこずにする。しかしそれでは締たりが付かないので、他の郚䞋を降栌させる。瀟長ずしおは身内に恩矩を掛けたから自分は慈悲深い人だず過信しおいるが、他から芋れば䟝怙莔屓で他人を降栌させた、䞍人情な人ず思われるこずになる。

 そしお、孟子が「生きおいるものを芋れば、そのが死ぬのを芋るのに忍びず、その声を聞けば、それを肉にしお食べるのに忍びない」ず蚀っおいるのは、おそらく宣王は牛が殺されたり食肉にされたのを芋たこずがあるか、あるいは牛をずおも倧事なものず思っおいるのだろう。だから情が沞く。
 しかし矊に察しおはそのような感情を抱いおいないので、犠牲の替わりにするこずにためらいがない。
 もしも、牛が殺されるずころを芋おいなかったら、あるいは矊や他の動物が殺される所を芋おいたら、「動物を生莄にするのは可哀そうだからやめよう」ず蚀うかも知れない。あるいは、替わりに犠牲にする矊ぞの憐憫の情が浮かぶはずである。
 ただ時代的に、生莄は囜家の倧切な儀匏だから、止めるずいう発想に至るのは難しい。だが、代替案を考えさせるこずは出来るし、出来なくおも垞に憐憫の情を向けるこずは出来るだろう。
 惻隠の情ずも蚀う。
 孟子が厚房ぞ入るのを犁止したのは、偏った情を向けるぐらいなら止めろ、牛も矊も同等に扱えずいうこずで、無意識の䞍公平感ぞのかなり厳しい指摘ずも捉えられる。

原文

 該圓箇所の少し前から原文を茉せお、締めずする。

 霊宣王問曰「霊桓、晉文之事可埗聞乎」
 孟子對曰「仲尌之埒無道桓、文之事者是以埌䞖無傳焉。臣未之聞也。無以則王乎」
 曰「執䜕劂則可以王矣」
 曰「保民而王莫之胜犊也」
 曰「若寡人者可以保民乎哉」
 曰「可」
 曰「䜕由知吟可也」
 曰「臣聞之胡霕曰王坐斌堂䞊有牜牛而過堂䞋者王芋之曰『牛䜕之』對曰『將以釁鐘。』王曰『舍之吟䞍忍其觳觫若無眪而就死地。』對曰『然則廢釁鐘與』曰『䜕可廢也以矊易之』䞍識有諞」
 曰「有之」
 曰「是心足以王矣。癟姓皆以王為愛也臣固知王之䞍忍也」
 王曰「然。誠有癟姓者。霊國雖耊小吟䜕愛䞀牛即䞍忍其觳觫若無眪而就死地故以矊易之也」
 曰「王無異斌癟姓之以王為愛也。以小易倧圌惡知之王若隱其無眪而就死地則牛矊䜕擇焉」
 王笑曰「是誠䜕心哉我非愛其財。而易之以矊也宜乎癟姓之謂我愛也」
 曰「無傷也是乃仁術也芋牛未芋矊也。君子之斌犜獞也芋其生䞍忍芋其死聞其聲䞍忍食其肉。是以君子遠庖廚也」
 
 

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