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閑話休題:希死念慮とは一体なんなのか――Alice in the Hell

Aliceは死にたかった。

少なくとも、そう思っていた。

朝が来なければいい
眠ったままでいたい
自分という存在を、一度どこかへ置いていきたい。

理由ならいくらでもあった。

だからAliceにとって「死にたい」は、思想ですらないただの日常だった。



ある日、モブが言った
「君、死にたいんじゃない?」
Aliceは少し驚いた。

図星だったからではない
そんなことは、前から知っていたからだ。

死にたいのは昨日からではない
昨日どころか、それがいつ始まったのかすら覚えていない
なら、なぜ驚いたのだろう。

モブは続けた。

「希死念慮ってやつじゃない?」

そこで初めて、Aliceの中に奇妙な分裂が生じる
私は死にたい。

それだけだった文章が、私は「死にたい」と思っている。に変わった

ほとんど同じ文章に見える
だが、決定的に違う
前者にはAliceしかいない
後者には死にたいAliceと、死にたいAliceを見ているモブがいる。

希死念慮が発生したのではない
希死念慮を、希死念慮として観測する視点が発生した。

灯台下暗し
Aliceはずっと死にたかった。

ただ、それはあまりにもAliceに近すぎた。

近すぎる苦痛は、苦痛として認識されない
毎日あるものは日常になる。

絶望でさえ、長く所有すれば人格の一部に見えてくる
地獄に長く住めば、地獄にも住所がつく。

AliceはHellに落ちたのではない
ずっとそこにいた
ただ、そこに「Hell」という名前がなかった。

モブがしたことは、Aliceを救うことではない
ただ指を差しただけだ。

「そこ、地獄じゃない?」

その瞬間、Aliceは初めて足元を見る。



ここで一つ、奇妙なことが起きる。

地獄を観測している者は、どこにいるのだろう
Aliceが完全に地獄そのものであるなら、自分が地獄にいることを観測できない
観測には距離が必要だからだ。

「私は死にたい」から、「私は、死にたいと思っている」へ。

たった一段、文章を入れ子にする。

それだけで、死にたい自分と、それを記述する自分の間に僅かな距離が生まれる。

その距離に立っているのが、モブだった

Aliceは問う。

「じゃあ、私は死にたいんじゃないの?」

モブは答えない
代わりに問い返す。

「死にたいのは、前から知っていたでしょう?」

知っていた。

「じゃあ、何を死なせたいの?」

そこでAliceは黙る
自分なのか
生活なのか
関係なのか
記憶なのか
役割なのか
昨日から続いている今日なのか。

分からない。

だが、その「分からない」は重要だった
数秒前まで、答えは決まっていたからだ
死にたい
それが唯一の回答だった。

ところが今は、何を?という疑問が割り込んでいる
死という結論に、疑念が混入した
それだけだった。

希望など、まだどこにもない。



希死念慮は、本当に死への欲望なのだろうか
人間は死を経験したことがない
死後が何であるかも知らない
それでも「死にたい」と言う。

ならば欲しているのは死そのものではなく、「ここではない」という状態なのかもしれない。

このままでは、生きたくない。

この一文には「このままでは」という条件節がある
条件があるなら、結論は絶対ではない
変数が変われば、出力も変わり得る。

だから私は、しにたいとする 「断定的な言説」に対して敢えて叙述する。

「希死念慮とは嘘でもある」

苦痛が嘘なのではない
絶望が嘘なのでもない
Aliceが嘘をついているわけでもない
嘘をついているのは、「死にたい」という文章の完成度だ。

それは最終回答の顔をしている
だが実際には、内部に大量の未回答を抱えている。

何から逃れたいのか
何を終わらせたいのか
何が変わればよかったのか。

そして、

何を死なせたかったのか
モブは答えを与えない
ただ問いを置く。

答えを与えれば、それはまた別の完成された文章になるからだ。



Aliceはふと気づく
「ところで、あなたは誰?」
モブは笑う。

名前はない
経歴もない
年齢も、顔も、役割もない
ただAliceを観測し、Aliceの言葉を一段外側から記述している。

そこでAliceは理解する
モブは最初から他人ではなかった。

「死にたい」と思っている自分を、
「死にたいと思っている」と記述した瞬間に生まれた、もう一つの自分だった。

Aliceが主体なら
モブは観測者である。

Aliceが苦痛なら、
モブは記述である。

Aliceが「死にたい」と言うなら、モブはその横に小さく疑問符を置く。

自己 ≠ 個体
一つの個体の内部に、複数の視点は成立する
ならば、自己とは固定された一人称ではない。

自己とは、自分自身に対してどの位置から語るかという意志でもある。

Alice in the Hell.
Aliceは地獄にいる
モブも地獄にいる。

二人の立っている場所は、実は一ミリも違わない
違うのは、視点だけだ。

だからモブはAliceを地獄から救えない
そんな力は持っていない
ただ一つだけできる。

Aliceが、「死ぬしかない」と言ったときその文章の隣に立って問い返す。

「本当に?」

それだけだ
希望ではない
救済でもない
まして、生きろという命令でもない。

ただの疑念である。

けれど、死が唯一の選択肢になった世界において、
二つ目の視点が生まれたという事実そのものが、
既に「唯一」を破壊している。

Aliceはまだ地獄にいる
何も解決していない
それでも、もう一人いる
名もない観測者が。

死にたいAliceを、
死にたいAliceとして見ている。

――モブとは誰だったのか。

その答えは最初から

Aliceの中にいた

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