「暗黒エネルギー」はただの幻だったのか?――宇宙膨張は実は減速している可能性、1700個超の超新星データが現代宇宙論の常識を揺るがす オックスフォード大学
はじめに:現代宇宙論を揺るがす衝撃の提起
宇宙の全エネルギーの約7割を占め、空間そのものを押し広げているとされる謎の存在「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」。1990年代末に観測された「宇宙の加速膨張」の発見は、2011年のノーベル物理学賞にも輝き、過去四半世紀にわたって現代宇宙論(標準宇宙論モデル)の屋台骨であり続けてきました。
しかし、その根幹を根底から覆しかねない刺激的な研究成果が発表され、世界中の天文学者や物理学者の間で激しい議論を巻き起こしています。インドのタタ基礎研究所(TIFR)と英オックスフォード大学のスビール・サルカール(Subir Sarkar)教授らの研究チームが、王立天文学会月報(MNRAS)に発表した論文によれば、「宇宙は加速膨張しておらず、むしろ減速膨張している可能性がある」というのです。もしこれが事実であれば、私たちが追い求めてきた暗黒エネルギーそのものが“観測上の錯覚”にすぎなかったことになります。
1.なぜ「宇宙は加速している」と信じられてきたのか?
宇宙膨張の歴史を紐解くための重要なツールとなってきたのが、「Ia型超新星(Type Ia supernova)」です。このタイプの超新星爆発は、白色矮星が限界質量(チャンドラセカール限界)に達したときに起こるため、爆発のピーク時の明るさがほぼ一定であるという特徴を持ちます。
天文学では、このように絶対的な明るさが分かっている天体を「標準光源(宇宙の灯台)」と呼びます。遠くに見える灯台の光が暗いほどその場所が遠いように、超新星の見かけの明るさと光の波長の伸び(赤方偏移)を測ることで、過去の宇宙がどの程度の速度で膨張していたかを精密に逆算することができます。
1998年、この手法を用いて遠方の超新星を観測した研究グループは、超新星が予想よりも暗い――つまり、過去の予測よりも遠くへ押しやられていることを発見しました。ここから「宇宙の膨張速度は時代とともに上がっている(加速膨張)」と結論づけられ、それを引き起こす未知の斥力として「暗黒エネルギー」が導入されたのです。
2.新研究が突いた「盲点」:恒星の年齢による明るさの違い
サルカール教授らのチームは、1,700個以上のIa型超新星観測データを集積した世界最大級のデータベース「Pantheon+」を再検証しました。彼らが着目したのは、「超新星を生み出す親星(恒星)の年齢」です。
近年、超新星が爆発する母体となる星の年齢によって、爆発時の真の明るさに系統的なばらつきが生じるという証拠が蓄積されつつあります。サルカール教授は、「Ia型超新星の明るさが起源となる星の年齢に依存している影響を補正しないと、あたかも宇宙の膨張が加速しているかのような誤った結論を導いてしまう」と指摘します。
研究チームが星の年齢による補正を厳密に適用してデータを再計算したところ、驚くべき結果が得られました。宇宙が一様に加速膨張しているという証拠は消え去り、むしろ全体として「宇宙膨張は減速傾向にある」兆候が浮かび上がってきたのです。重力によって引き合っている以上、膨張が徐々に減速していくというのは、本来のアインシュタインの一般相対性理論が素直に予言していた姿でもあります。
3.「方向によって異なる加速」という決定打
さらに、この研究にはもうひとつの重大な指摘が含まれています。それは「宇宙の膨張が方向によって偏っている(非等方性がある)」という点です。
現代の標準的な宇宙論モデル(宇宙原理)では、宇宙は十分に大きなスケールで見ればどの方向を向いても均質かつ等方的であると仮定されています。また、暗黒エネルギーが「空間そのものが持つエネルギー(量子真空のエネルギー)」であるならば、方向によってその性質が変わることはあり得ません。
しかし、研究チームの解析によると、観測される「見かけの加速」は宇宙マイクロ波背景放射(CMB)のホットスポットが示す私たちが移動している局所的な運動方向に偏っており、遠方に向かうにつれてその効果が減衰していることが分かりました。
サルカール教授は、「この方向依存性は星の年齢補正の有無にかかわらず現れるため、どちらにしても暗黒エネルギーの存在を否定するものである。さらに年齢補正を加えることで、一様な成分は加速ではなく減速へと転じる」と強調しています。つまり、私たちが加速膨張と呼んでいた現象は、地球周辺の局所的な特異運動や系統誤差が生み出した“見かけ上の幻影”にすぎないという主張です。
4.学界の真っ二つの対立と、決着へのロードマップ
当然ながら、この劇的な結論に対して反論の声も即座に上がっています。同じMNRAS誌の同一号には、同じくオックスフォード大学のマリア・ヴィンチェンツィ(Maria Vincenzi)教授らが共同執筆した「加速膨張は依然として強固である」と主張する対抗論文が同時に掲載されました。
ヴィンチェンツィ教授らは、超新星の周囲環境や母銀河の進化モデルを十数年にわたり研究してきた専門知見をもとに再反論を展開し、既存の超新星データは依然として加速膨張を支持していると主張しています。「現代の枠組みは過去30年にわたり積み上げられた確固たるものであり、研究者コミュニティは暗黒エネルギーの本質を解明することに注力すべきだ」と彼女は述べ、学界を二分する議論が展開されています。
この論争の行方は、近いうちに決定的な決着を迎える可能性があります。チリで建設が進むベラ・C・ルービン天文台による「時空間レガシーサーベイ(LSST)」が本格稼働すれば、観測される超新星の数はこれまでの数千個単位から、一気に数十万個という圧倒的なスケールへと跳ね上がります。
この膨大な観測データによって、超新星の明るさの補正精度は飛躍的に高まり、宇宙の膨張が真に加速しているのか、方向による偏りがあるのか、そして「暗黒エネルギー」という物理学最大の謎が本物なのか幻想なのかが白日の下に晒されることになるでしょう。宇宙物理学はいま、歴史的なパラダイムシフトの瀬戸際に立っています。
詳細内容は、オックスフォード大学が提供する元記事を参照してください。
【引用元】
https://academic.oup.com/mnras/article/549/3/stag844/8701424
【読み上げ】
VOICEVOX 青山龍星/No.7
