夫が会社に行けなくなった日、私は「辞めていい」と言った
その日、夫は、朝、起きて来られなかった。
「もう限界だ」と、ぽつりと呟いた。
しばらく会社には行きたくない、と言って、そのまま自室に戻っていった。
私は、何も言わず、ただその背中を見ていた。
言葉が出てこなかった、というより、何を言っても、正解がない気がした。
夫は、6年前、いわゆる「島流し」と言われる部署に異動になった。
上司と合わず、会社に行けなくなったのが原因だった。
3ヶ月、休んだ。
そしてその後、同じ会社の中でも、誰もが行きたがらない、端の方の場所に移動になった。
「島流し」
業界の人たちがそう呼ぶ場所。
本人にとっても、不本意な異動だったと思う。
あの頃、夫は「会社を辞めたい」と言っていた。
私は、「辞めたかったら辞めていいよ」と言った。
子どもはすでに巣立っていたし、なんとか暮らしていくことはできると思っていた。
場所を変えてもいい。
家を売ってもいい。
地元に戻ってもいい。
人は、どこでも生きていけると思っていたから。
——それは、強がりだったかもしれない。でも、そう思わないと、私も怖かった。
結局、夫は辞めなかった。
配置転換を受け入れて、少しずつ、会社に行けるようになった。
そして、その「島流し」と言われた場所で、人との関係を築き、仲間を増やしていった。
そしてこの春、6年ぶりに本社に戻った。
「おかえり」と言われたらしい。
最近、夫はこう言う。
「会社に行くのが楽しい」
あの頃、会社に行けなかった人と、同じ人とは思えない。
でも、たぶん同じ人だ。
ただ、ひとつ違うのは、「人の弱さがわかるようになった」こと。
以前は少し傲慢で、人を否定するような言葉もあった。
でも今は、違う。
「会社に行けなくなる人の気持ちがわかる」と、夫は言う。
あの3ヶ月は、無駄ではなかった。
あの6年も、遠回りではなかった。
むしろ、あの時間があったからこそ、今の夫がある。
そして、私はその横で、ひとつのことに気づいた。
人は、「ここでしか生きていけない」と思ったとき、追い詰められていくのだということ。
逆に、「どこでも生きていける」と思えたとき、人は少し楽になる。
そのために必要なのは、たくさんのお金ではないのかもしれない。
選べる余白。
それだけでいいのかもしれない。
その余白を作るために、私たちがしてきたことは、地味なことばかりだ。
住まいを整え、生活をシンプルにして、固定費を下げる。
投資をして、少しずつ資産を育てる。
そうやって、「いざとなれば動ける」という感覚を持つ。
そうすると、不思議と、今いる場所でも、楽に生きられるようになる。
株が下がる日もある。
でも、そんな日でも、自分で作ったカレーが美味しい。
餃子を焼いて、「今日も飯がうまい」と思える。
それだけで、人生はそんなに悪くないと思える。
人は、選べないことで、不幸になる。
でも、選べると思えた瞬間に、人生は少しやさしくなる。
夫の「島流し」の6年は、そんなことを教えてくれた。
今日は、夫はリモートワークの日だった。
朝から少しそわそわしていて、「気になる仕事があるから」と、着替えを出して、会社に出かけていった。
6年前には、思いもしなかった光景だ。
「仕事、楽しい?」
そう聞くと、夫は「うん」と、少し照れたように微笑んだ。
その笑顔を見て、私も少し泣きそうになった。こっそり、台所に逃げたけれど。
あのときの、暗いトンネルの先に、いまがあるのかもしれない。
うまくいかなかったことも、すべて、意味のある時間だったのかもしれない。
春の嵐で、花は散ったかもしれない。
それでも、桜はまだ残っている。
だから今週末も、花見に行こうと思う。
その時、3人でドライブした思い出を漫画にしてみました。
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