ヘリウムは半導体生産のボトルネックになるのか
2026年のイラン戦争によるホルムズ海峡の断続的閉鎖について、世界の損害計測は原油に偏っています。
原油には迂回パイプラインがあり、需要削減の余地があり、価格という可視の指標があり、それが有権者と政権に届きます。
ところが同じ物理的事象は、原油より迂回や代替の余地が限られるLNGと、その供給網に結びついたヘリウムにも当たっています。
この層の損害は価格指標に乗りにくく、政治的に不可視のまま進行しているのではないか。
中国がヘリウム輸出を禁輸、というニュースに引っかかりました。
中国が何かを禁止するならそれは悪いこと、という逆アラートみたいなものです。
ヘリウムは重要なのか
空気より軽い気体であるヘリウムは、空気から蒸留されるのではなく、自然界でのウランやトリウムなどのアルファ崩壊により少しずつ生成され、メタンとともに少量が地質層にトラップされます。
商業的なヘリウムは主としてヘリウムを含む天然ガスから、天然ガスの処理工程で分離・精製されるものです。
主な生産国はアメリカ、カタール、ロシア、アルジェリアなど。
USGS MCS 2026による、米国で2025年に販売・使用されたGrade-Aおよび気体ヘリウム81百万m³の用途内訳。
分析・工学・実験・特殊ガス22%、制御気体環境・光ファイバー・半導体17%、浮揚ガス17%、MRI 15%、航空宇宙9%(ロケットの燃料タンク加圧・パージ)、溶接8%、潜水5%、リーク検出5%。
米国の内訳であってアジアはもっと半導体寄りのはずですが、構図は掴めます。
まず、ヘリウムが光ファイバーや半導体生産に重要なことは理解しました。
浮揚ガス17%には、パーティー用風船など削減しやすい需要も含まれます。
こうした低優先度需要への割当削減が、半導体やMRIへの影響を遅らせるのです。
産業用、特に最先端の超高純度ヘリウムは生産できる拠点がある程度限られます。
産地で高純度化・液化されたヘリウムを、Linde、Air Liquide、Air Products、Iwataniなどが受け取り、精製、分析、容器への詰め替え、顧客仕様への適合を行います。
風船用など純度要件の低いヘリウムを含めれば、素材としての供給が直ちに危機的状態とは言えません。
ただ上流では同じヘリウムでも、純度、液化・充填設備、専用容器、配送契約、顧客認証が異なるため、低優先度用途から半導体向けへ即座に振り替えられるとは限らないようです。
ヘリウムの供給は、短期には価格に応答しにくい。
既存供給の多くが天然ガス処理の副産物であるため、短期の生産量はヘリウム価格だけでは増やせません。
価格が2倍になっても、新しい鉱床や回収・精製設備を直ちに稼働させることはできません。
重要用途では需要側に代替が少なく、供給側も価格に応答しにくい、短期的には両側の価格弾力性が低い、かなり珍しい商品です。
供給側の制約
まず、開戦初期の3月2日の第一波ドローンでカタールのLNG施設が攻撃を受けました。
カタールはフォースマジュールを宣言します。
さらに3月18-19日の第二波ミサイル攻撃でトレイン2基とGTL(ガス液体燃料化)施設1基が損傷。復旧までは3-5年かかるとみられます。
イランの攻撃によりカタールのLNG生産量が17%減少、世界の供給が脅かされる(FOX、3/19の記事)
カタールは世界最大のLNG輸出国の一つであり、世界の供給量の約20%を占めています。
単純計算では、失われた12.8百万トン/年は世界のLNG貿易量(2025年)の約3%に相当します。
しかし、ヘリウムに目を移すと、この数字は跳ね上がります。
Trivium Chinaはヘリウムについて「カタールは世界供給の3分の1、中国の輸入の半分以上」と明記しています。
カタール産LNGにはホルムズ海峡を避ける実用的な輸出経路がなく、ヘリウムの重要用途には短期的な代替が乏しいのです。
ホルムズ海峡と操業停止により、世界供給の約3分の1に当たるカタール分が一時的に市場から消えたこと。
設備の物理的損傷により、再開後もカタールの年間ヘリウム供給能力が約14%減るとされたこと。
シェアで見ると米43%・カタール33%(EcoNiti、Trivium China)。
イランが7月に入ってから撃った3隻のタンカーのうち一隻は、カタールのLNGタンカーでした。
なぜ中国はヘリウム禁輸に踏み切ったのか
中国がヘリウム輸出を禁止、半導体製造のサプライチェーンが逼迫
「イラン紛争が激化した後、世界のヘリウム生産量の大部分がホルムズ海峡の背後に閉じ込められていると報告」
最初にこの題名を見たときは「またか」と思いましたが、中国がコントロールする資源を絞った、という話ではないようです。
中国も少しだけヘリウムを生産しますが世界生産の1.6%程度です。
輸入依存国が、国内に入ってきたヘリウムの再輸出や価格差を利用した流出を塞いだ措置とみてよさそうです。
ロシアはもともとヘリウムをEUに輸出していましたが、EUが2024年に制裁で輸入を禁止して以降、出口は事実上中国のみです。
対中輸出の主力は、対中パイプライン「シベリアの力」に付随する極東のアムールガス処理プラントです。
さらに2026年4月、ロシアはユーラシア経済連合加盟国以外あてのヘリウム輸出に政府承認を義務付けました。(引用)
ロシアの生産拡大(2025年シェアが急伸、通年で中国輸入分の約40%)により中国のカタール依存は一部低下しましたが、それでも世界市場全体の余剰供給は乏しい。
ヘリウムは半導体製造のボトルネックになるのか
3月31日時点でReutersは、カタールの供給停止にもかかわらず、韓国の半導体メーカーのヘリウム在庫は6月まで持つ見込みと報道しています(引用)
理由は、供給元の多様化(主にアメリカ)、工場内在庫、長期契約でした。
液体ヘリウム用の特殊コンテナは、35~48日程度を超えると蒸発損失が増え、1基約100万ドルとされ、約200基が中東で滞留したと報じられました。(引用)
新しい供給源を見つけても、コンテナの再配置と供給元の再認証に数週間から数か月かかります。
半導体への影響を遅らせているものは、少なくとも四つあります。
低優先度需要の削減
半導体企業やガス会社の在庫
長期契約による割当と優先順位
海上輸送・容器・再認証に伴う時間差
3月の第一次ショックを半導体産業は実際に吸収し、この4つの要因がヘリウムの問題化を防いだと言えそうです。
けれど長期的には影響が出てくると思います。
7月の中国による輸出禁止は、その緩衝機構が消耗し、各国が国内囲い込みへ移り始めたシグナルとして読めます。
中国以外の東アジア諸国への影響
ヘリウムショックの日本への影響は、あります。
日本の輸入の4割弱がカタール産で、それが激減、5月以降の不足が懸念され代替調達が進行。(引用)
日経(5/14):岩谷産業(国内シェア約5割の最大手)が同業者へのヘリウム融通を停止。
同社輸入量の4割を占めるカタール調達が途絶、顧客向けは値上げしつつ継続、採算悪化した海外取引は打ち切り。
日本が必要とするヘリウムは半導体のみではありません。
光ファイバー(線引き炉の冷却にヘリウム必須。信越・住友電工・フジクラ)、MRI大国、溶接等の需要があり、影響は半導体に限られない可能性があります。
そしてヘリウムは国内生産ゼロ・全量輸入。
原油など、国民生活に直結する物資はニュースの見出しになりますが、ヘリウム不足は業界内だけが認識し、可視化されにくいのだと思います。
次に、最先端半導体を生産する立場の韓国、台湾。
韓国のSamsungは業界初のヘリウム再利用システム(HeRS)——高純度排気を回収・精製して再投入——を既に展開している【Forbes/Tirias 4/7】。
同記事は、ファブ現場在庫は日〜週単位、サプライチェーン全体の戦略在庫は約6か月とし、混乱が長期化した場合、低採算品よりAI向け高付加価値品を優先する可能性を指摘しています。
台湾はTSMCが4月時点で「重大影響なし」。
理由は調達の地理的分散と、そして米国の存在です。
米国産ヘリウムは液体で40ftの極低温ISOコンテナに詰めてコンテナ船でアジアへ運べるので、物理的には対応可能です。
問題は米+アルジェリアの残余量を全アジアで奪い合う構図になっていることと、液体ヘリウム容器には蒸発損失による保持時間の壁(通常数十日)があり、輸送が長引くほど中身が減ること。
ヘリウムが止まっても半導体は「止まる」のではなく「傾く」。
順序は、価格(済:2倍)→割当(済:岩谷の融通停止、ガス大手の在庫再配置)→回収・節約の増強(HeRS、回収は密閉系プロセスでは効くがリーク検出のような散逸系ではゼロ)→代替(一部冷却の窒素置換など限定的)。
最後に、製品別の生産優先順位変更、歩留まり悪化、減産へ進む可能性があります。
ヘリウムは半導体のボトルネック、と言い切れないのは、半導体にはそもそもボトルネックが多すぎるからです。
素材だけを見ても、ネオン(2022ウクライナ戦争)、高純度石英(2024年のハリケーンでノースカロライナの一つの町が止まりかけた)、そしてヘリウム(2026)。
半導体はこの種の、地質か歴史の偶然で一点に集中した入力を何本も抱えていて、数年に一度どれかが切れる。
ヘリウムがその系列の中で特異なのは、価格も供給も弾力性が低く、輸送適性が低く、貯蔵も費用が掛かる点です。
半導体のボトルネックになるかどうかは、ヘリウムが不可欠かどうかだけでは決まりません。
供給停止が、在庫、代替調達、割当、再利用という緩衝材を使い切るまで続くかどうかで決まります。
きれいに結論の出る素材ではありませんでしたが、動きが見えず、ある日突然影響が可視化され、無視できないという点ではナフサ危機にも少し似ているかもしれません。
今回の分析はCaude、ChatGPTと行いました。
校正も同じく。
文章は私が書きました。
Image Credit:Gemini South Reveals Tangled Spiral Arms of the Peculiar Galaxy NGC 7727/NOIRLab
