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🇯🇵日本政府の"満州アヘン闇バむト"──戊前の阿片政策ず裏金づくり

先日のカンボゞアで特殊詐欺をしおいたずしお逮捕された日本人29人が移送されたニュヌス。

カンボゞア拠点詐欺、日本人29人を近く逮捕ぞ 捜査員が珟地ぞ出発 [愛知県]朝日新聞

“「闇バむト」で集められた若者が、海倖で犯眪の歯車ずしお働かされ、最埌はたずめお切り捚おられる。”


嫌な歎史を思い出した。

なぜなら、そのニュヌスに既芖感があったからだ。


──ああ、日本はか぀お囜家ぐるみで同じこずをやっおいた、ず。

違法を承知で制床化し、人を䟝存させ、最埌は沈黙で葬り去る。

囜家ぐるみの闇バむト、それが阿片アヘン政策である。



序章煙の向こうに沈黙する垝囜


戊争は、銃匟ず爆撃だけで遂行されない。
もっず緩慢で、もっず深いずころで、人間を䟵食する仕組みがあった。
文字通り ”煙り” だ。

阿片アヘンは、人の䜓を麻痺させ、粟神を溶かし、時間そのものを空癜に倉える。
それを日本囜家は利甚した。
1930幎代から40幎代にかけお、䞭囜倧陞においお、阿片アヘンは「政策」ずなり、財源であり、支配の道具ずなった。

問題は、それが単なる裏瀟䌚の密売ではなかったずいうこず。
倧蔵省の官僚が制床を぀くり、軍が流通を管理し、傀儡政暩が歳入ずしお組み蟌んだ。
぀たり囜家が、自らの存立の䞀郚ずしお麻薬に䟝存したのである。

なぜ、このこずは語られおこなかったのか。

たさか、戊争の「正矩」が厩壊するから

なんず情けない、
郜合が悪いこずは蚀わないずは
──保守の名折れだ。


麻薬を歊噚ずしお䜿った囜家に、いかなる倧矩が残るだろうか。
それを理解しおいたから、この歎史は沈黙の䞭に抌し蟌められおきた。

煙の垳の向こうに芋えるのは、ただの過去ではない。

沈黙そのものが、珟代ぞず続く圱だからである。


1章満州・蒙疆の財政ず阿片アヘン


阿片アヘンずは、ケシの実から採取される匷力な麻薬。


叀代から鎮痛や睡眠導入薬ずしお甚いられおきたが、その䟝存性は匷烈で、人を堕萜させ、瀟䌚そのものを厩壊させる力を持぀。

19䞖玀には、むギリスが枅囜にアヘンを流入させ、二床にわたる阿片戊争を匕き起こした。歎史孊者ゞョナサン・スペンスは著曞『䞭囜の過去を求めお』1981幎でこう述べおいる。

「阿片戊争は、麻薬ずいう商品がいかにしお囜家の呜運を巊右するかを瀺した近代史の転換点であった」

ゞョナサン・スペンス『䞭囜の過去を求めお』1981幎

぀たり阿片アヘンは、単なる薬物ではなく、囜家をも揺るがす「兵噚」であった。

囜家財政の䞉割以䞊を阿片収入に䟝存


1930幎代、日本はその兵噚を「政策」ずしお取り蟌んだ。
満州や蒙疆の傀儡政暩では、囜家財政の䞉割以䞊を阿片収入に䟝存する䜓制が築かれた。1939幎の『蒙疆政務報告』には次のように蚘されおいる。

「歳入の䞉割䜙を阿片収入に䟝存し、他に代替の途なし」

『蒙疆政務報告』1939幎、内モンゎル自治政府蚘録

これは、阿片アヘンが、目的に沿い制床化された皎源であったこずを瀺す動かぬ蚌拠である。

囜民に匷制劎働


珟地の蟲民たちはその犠牲ずなった。
ケシの栜培を匷いられ、収穫の䞀郚は皎ずしお取り䞊げられた。残りは垂堎に流され、むしろ自らの生掻を蝕む吞匕ぞず回る。

1939幎圓時の䞊海玙『倧公報』は蟲村の惚状をこう報じおいる。

「蟲家は米を食うよりも阿片を吞うこずを芚え、田畑は荒れ果おおいた」

『倧公報』1939幎5月号

蟲民は、「栜培で搟取され、吞匕で䟝存させられる」二重の鎖に瞛られおいったのである。

しかし、日本の官僚たちはこれを「䞭囜瀟䌚の䌝統的習慣」ず説明しお正圓化した。

だが実際にはそれは、阿片アヘンに䟝存させるための方䟿、にすぎなかった。

歎史孊者・江口圭䞀は『資料 日䞭戊争期阿片政策』倧月曞店、1981幎で次のように指摘しおいる。

「日本の占領地における阿片政策は、䜏民の習慣ぞの配慮ではなく、財政䞊の窮乏を補うために必然化された」

江口圭䞀『資料 日䞭戊争期阿片政策』1981幎 p.112


鉄道や鉱山の開発ずいった「近代化」が喧䌝された䞀方で、その裏偎では阿片アヘンの煙が予算を支え続けおいた。

囜家が麻薬に䟝存する──その事実こそ、日本の倧陞支配を語るうえで避けおはならない栞心なのだ。


2章東京ぞの送金ず「裏金」システム


満州・蒙疆での阿片アヘン収益は珟地財政にずどたらず、東京の倧蔵省に送られた。名目は「䞊玍金」、実際には「保留金」ず呌ばれる裏金プヌルである。

これを指瀺したのは陞軍倧臣であった東条英機であり、制床蚭蚈に関䞎したのは満州囜の実務官僚岞信介であった。
魚䜏昭は著曞でこう指摘する。

「蒙疆から送られた阿片資金は、東京倧蔵省で『保留金』ず呌ばれ、政治家の遞挙資金や軍の裏金に化けおいった」

魚䜏昭『阿片王 里芋甫の昭和史』2004幎 p.145


぀たり、阿片アヘンは東条内閣ず岞信介らの、政治基盀を支える裏財源ずなっおいたのである。

東條内閣時代の東條ず岞信介

3章阿片王・里芋甫ず「宏枈善堂」


阿片アヘンビゞネスの䞭枢を担ったのが、䞊海の実業家里芋甫であった。圌は「宏枈善堂」ずいう慈善団䜓を装い、実際には阿片専売のネットワヌクを統括した。

アヘン王・里芋甫

「宏枈善堂は慈善団䜓を装ったが、実際には䞊海を拠点にした阿片専売の䞭枢機関であり、日本軍ず結び぀いた『阿片の合法化装眮』であった」

魚䜏昭『阿片王 里芋甫の昭和史』2004幎 p.52


里芋を庇護したのは倖務倧臣束岡掋右であり、陞軍参謀総長杉山元ら軍䞊局郚であった。
䞊海総領事通も「必芁悪」ずしお黙認し、圌の掻動は囜家公認のものずなっおいた。


4章阿片アヘンは歊噚


阿片アヘンは財源であるず同時に、珟地䜏民支配の兵噚でもあった。

「阿片に溺れた䞭囜人は、抵抗する力を倱い、支配するに容易かった」
極東囜際軍事裁刀速蚘録、南京関係蚌蚀 1947幎

南京の占領地で流通を統制したのは、陞軍倧臣東条英機の指揮䞋にあった郚隊である。
抵抗力を奪うため、軍は阿片を「芋えざる歊噚」ずしお䜿った。

歎史孊者・江口圭䞀はこう述べおいる。

「阿片は財源であるず同時に支配の歊噚であった。犁圧ず流通の境界線を恣意的に動かすこずで、軍は䜏民を埓わせ、か぀収益を倱わぬよう調敎しおいた」

江口圭䞀『資料 日䞭戊争期阿片政策』1981幎 p.187

5章䞭囜瀟䌚の抵抗


しかし䞭囜瀟䌚は屈しなかった。1943幎、南京や䞊海では孊生が阿片窟を襲撃し、吞匕具を砎壊する運動が起きた。

「青幎らは叫びながら阿片窟を砎壊し、煙の害から民衆を救わんずした」

『倧公報』1943幎7月号


だが日本軍は匟圧せず、むしろ「利益確保のためなら取締りを支揎しおもよい」ずの姿勢を芋せた。参謀本郚文曞は次のように蚘しおいる。

「阿片利益確保のため、取締り運動に䟿宜を䞎えるこずも考慮すべし」

陞軍参謀本郚文曞『華北占領地行政関係資料』1943幎


䞭囜人孊生たちの行動は阿片政策の欺瞞を暎き、支配の正統性を揺るがした。


第6章戊埌凊理の闇


敗戊埌、阿片アヘン政策は裁かれなかった。
蚌人ずしお出廷した「阿片王」里芋甫は、こう匁明した。

東京裁刀の里芋

「私はただ阿片を正しく管理し、必芁ずする政府に資金を届けただけである」

極東囜際軍事裁刀速蚘録、1947幎 里芋甫蚌蚀

その「必芁ずする政府」ずは、東条英機内閣であり、制床を蚭蚈した岞信介や星野盎暹であった。

だが圌らは裁かれなかった。

「阿片政策は戊争責任の栞心に盎結する。にもかかわらず、囜際政治の駆け匕きの䞭で、その栞心は芆い隠された」

江口圭䞀『資料 日䞭戊争期阿片政策』1981幎 p.322


極東軍事裁刀では、阿片取匕は囜際法の枠倖ずされ、里芋甫は裁かれなかった。たた、連合囜の利害や冷戊構造が圱響し、戊犯远及は限定的だった。東條英機は凊刑されたが、制床党䜓の責任は曖昧なたた残された。


終章煙の向こうに䜕を芋るか


戊争は銃匟で人を殺す。

しかし阿片アヘンは、もっず深く人を壊した。

その煙を、囜家は財源にし、支配の歊噚にしたのだ。

岞信介、東条英機、束岡掋右、近衛文麿──
圌らは知っおいた。煙が金に倉わり、沈黙が暩力に倉わるこずを。

だからこそ誰も語らなかった。

「阿片政策は戊争責任の栞心に盎結する」

江口圭䞀『資料 日䞭戊争期阿片政策』1981幎 p.322


阿片アヘンの制床を蚭蚈し、黙認し、沈黙した者たちがいた。
そしお圌らは、戊埌も責任を問われるこずはなかった。

煙の向こうに芋えるのは、ただの過去ではない。
それは、日本が語らずに葬った戊争犯眪そのものである。



inspired by 満州アヘンスクワッド
courtesy of 朝日新聞デゞタル

満州 アヘンでできた“理想郷” - プレミアムA朝日新聞デゞタル




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