なぜ人は空気を読むのか――「日本人の集団主義」から、Exit・Voice・権力の問題へ ※夏季休業中の投稿
会議で、言うべきことを言わなかったことがある。
反論する能力がなかったわけではない。
何がおかしいのかも分かっていた。
どう説明すればよいのかも、頭の中では整理できていた。
それでも黙った。
なぜなら、発言した瞬間よりも、その後の数か月を想像してしまったからだ。
明日も同じ上司と働く。
来週も同じチームにいる。
半年後には、その上司から評価される。
異動しない限り、この関係は続く。
すると、
「正しいことを言う利益」より、「その後の関係を壊すコスト」の方が大きい。
そう判断してしまう。
日本では、このような行動をしばしば、
「日本人は集団主義だから」
と説明する。
空気を読む。
自分の意見を言わない。
周囲と違う行動を避ける。
上司に逆らわない。
失敗を恐れる。
そして最後には、
「日本人とは、そういう民族なのだ」
という話になる。
しかし、本当にそうなのだろうか。
私は、この説明には重要なものが欠けていると思うようになった。
もしかすると、人が黙るのは、
日本人だからではない。
そうではなく、
黙る方が合理的になる環境に置かれているからではないか。
この記事では、その可能性を考えてみたい。
「日本人=集団主義」は、それほど自明ではない
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