教育の境界線|個別対応と共通基準① 発表の方法を、その子だけ変えてよいですか?
授業のまとめで、全員が教室の前に立って発表することになった。
一人の子は強い不安を感じ、前に出ることができない。
教員は、その子だけ録音した音声を流すことを認める。
「全員が発表する」という共通基準を崩した、不公平な対応に見えるかもしれない。
しかし、共通にすべきものは発表の形なのか、それとも自分の考えを他者へ伝えることなのか。
後者が目的なら、前で話す、席から話す、録音する、文章を見せるといった方法を変えてもよい。
内容を自分で考え、相手に伝え、質問を受けるという学びが残っている。
これは個別対応と共通基準の両立である。
反対に、不安があるという理由だけで表現する課題そのものをなくす。
何を考えたかも確認せず、今後の参加方法も検討しない。
それでは共通の学習目標から外している。
一方、人前で話す技能そのものを学ぶ授業なら、録音だけでは目標に届かない。
少人数、席から、短い一文、教室前という段階をつくる必要がある。
つまり、同じ対応でも授業の目的によって判断は変わる。
個別の方法を採用したら、本人が学習へ参加できたか、表現できる範囲が広がったかを見直す。
周囲には個人の事情を説明せず、「学ぶ目的は同じでも、示す方法は違うことがある」と伝えればよい。
公平とは、全員を同じ場所に立たせることではない。
共通の目的へ、それぞれが到達できる道を保障することである。
個別対応と共通基準の境界線は、共通の学習目的を別の方法で達成させるのか、個別対応を理由に目的から外すのかだ。
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