「限られた時間では信頼が築けない」と言う教員は要らない
毎年クラス替えをする学校が増えている。
かつての固定クラスなら6年、3年の単位で子どもと関わっていたが、今の学校では1年、長くて3年でリセットされるケースが珍しくない。
その中で、子どもたちはどう信頼を築いていくのか。
多くの子どもが、半年から秋口にかけて、ようやく素を出し始める。
「先生のことを嫌いじゃないんだ」
「この先生には本当のこと言ってもいいのかな」という判断が、ようやく腑に落ちる時期だ。
その信頼が1年でリセットされる。毎年その繰り返し。
では、限られた時間の中で、先生は何をすべきなのか。
答えはシンプルだ。自分のことを好きにさせるだけ。
それだけなのか、と思うかもしれない。
だが好きな人間のいうことは聞くもの。
それが原理だ。
完璧な先生の指示は聞かない子でも、「この先生のいうことなら聞こう」という土台ができれば、教科の内容も、学級経営の基準も、すべてが伝わりやすくなる。
限られた時間だからこそ、その「好き」という感情が教室を動かす、唯一の入り口になるんだ。
では、どうやって好きにさせるのか。
先生が普通の人間だと知ってもらう。
それに尽きる。
教室で完璧を演じるのではなく、間違える先生として立つ。
授業で計算を間違えることもある。
指導案を忘れることもある。
さぼりたい日だってある。
お酒だって飲む。
子どもたちと同じ、ただの人間だ。
その「素」を見せることで、子どもたちは初めて「この先生は敵じゃない」と認識する。
完璧な大人を前にしては、子どもは身構える。
身構えたままでは、信頼は生まれない。
だがここで大事な両立がある。
自分らしくいることと、ルーズになることは別だ。
「先生も人間です」という名目で、指導の基準を甘くしてはいけない。
良いことと悪いことの線引きは、はっきりしていなければならない。
曖昧さは、信頼を壊す。
つまり、こういうことだ。
素の自分を見せるから好きになる。
その好きな先生が、譲らない基準を示すから、信頼が深まる。
その両立が、限られた時間でも信頼を築く唯一の道だ。
多くの先生は、ここをどちらかに振り切ってしまう。
完璧性に振り切るか、親しみやすさに振り切るか。
その揺らぎが、子どもの信頼感を揺らがせる。
「限られた時間では信頼が築けない」という懸念は、本当だろうか。
むしろ逆だ。
時間が短いからこそ、本質が鮮明に問われる。
完璧な先生か、素の先生か。
曖昧な大人か、一貫した大人か。
その選別が、子どもたちの中でより速く、より確実に進む。
限られた時間は、足りないのではなく、本当に大事なものだけを浮き彫りにする時間なのだ。
その中で、好きであること、そして譲らないこと。
その両方を貫く先生は、むしろ半年あれば十分だ。
毎年その土台から築き直す。
子どもたちは、それを待っている。
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