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新鉱物発見で脚光?奥三河の地形・地質のバイブル ~奥三河1600万年の旅: 設楽盆地の自然と人びとの暮らし(横山良哲著)

奥三河で発見 新鉱物「堀石」展示 | 東日新聞

https://www.tonichi.net/news/index.php?id=124946

東日新聞の新鉱物発見の記事に触発されまして、奥山良哲先生の名著、奥三河の地形、地質のバイブル「奥三河1600万年の旅: 設楽盆地の自然と人びとの暮らし」の事を思い出しました。忘れ去られるには惜しい、本当に惜しい本なので、ここにメモしておきます。

私は20代の時にこの本を読んで、奥三河に対する視線か180度変わりました。特に太古の火山活動から設楽盆地の形成、武田信玄による金山をはじめとする鉱山開発などを知り、結構興奮した事を覚えています。だから、新鉱物発見は必然であり、まだまだ未知の鉱物が眠っているのでしょう。

横山良哲氏は、日本の僧侶(曹洞宗住職)、元高校教諭、地質・自然科学研究者です。1946年に愛知県で生まれ、現在は愛知県新城市にある曹洞宗長篠山医王寺の住職を務めています。愛知県立高校の教諭を経て、鳳来寺山自然科学博物館の館長や愛知県文化財保護審議会委員などを歴任。
仏教や写経に関する著作を持つ一方で、愛知県の地質(中央構造線など)や自然科学に関する研究・著述活動でも広く知られています。

AI要約

Aiは平気な顔をして嘘を付くと言われます、京都人みたいです(京都人の方すみません、一般的なイメージです)、横山良哲先生が今でも活躍しているみたいな要約ですが、横山先生は2011年に亡くなられています。Ai要約は書籍の著者略歴から引っ張ってきたのだと思います。

医王寺は、長篠・設楽原の戦いの折に、武田勝頼の本陣が置かれたところです。横山先生が住職をされていました。

長篠城址の北側の大通寺には、設楽が原の戦い前夜に、武田方の馬場信房・山県昌景・土屋昌次がこの泉を汲み、別れの水杯を交わしたと伝えられる盃井戸があります。

盃井戸を経由して、大通寺山の山中に、医王寺まで続く山道があります。医王寺には、かつて勝頼本陣が置かれ・・・

いかん、
徒然と書いてしまいましたが、今回は歴史の回ではないのですよ、地質の回のはずなのに、

奥三河の地形については、いくらでも書きたいことがあふれているので、
またの機会に思いのたけをアウトプットしていきたいと思います。