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18. 🥶武田信玄の息子=カツヨリが、いわびつ城に、逃げてたら。

天正10年  ………  1582年。

甲州征伐で、武田氏滅亡寸前。

現実世界では、武田勝頼は、小山田信茂に裏切られ、天目山で自害した。

しかし ………

もし、あの時。

勝頼が、「岩殿山城」ではなく、真田幸綱(一徳斎)の系統である、真田家の誘いを信じて、上州の岩櫃城へ落ち延びていたら ……?

歴史は、大きく変わっていた。



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「岩櫃落ち」―――もう一つの戦国史


1582年3月。

武田軍は総崩れだった。

織田信長の大軍が甲斐へ雪崩れ込み、木曾・穴山ら重臣たちは次々に離反。

家臣団は動揺し、城は開城、兵は逃亡。

だが ………

ここで、勝頼のそばにいた若き智将、真田昌幸が進言する。

「岩殿山へ行ってはなりませぬ。」

「小山田は、もはや心が離れております。」

「上州の岩櫃へ―――真田の地へお逃げくだされ。」

家臣たちは反対した。

「群馬など辺境!」

「甲斐を捨てるなど、武田の恥!」

しかし勝頼は、すでに察していた。

甲斐は燃えている。

武田の本拠は、もう死んでいた。

勝頼は決断する。

「……昌幸。そなたを信じる。」



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真田の山城



岩櫃城。

切り立った岩山。

狭い山道。

天然の要害。

ここは、平地の大軍では攻めにくい「ゲリラ戦の城」だった。

勝頼一行は、命からがら城へ到着する。

織田軍は激怒した。

「武田勝頼、討ち漏らした!」

とくに、信長の嫡男・織田信忠は、数万の軍勢で上州へ向かおうとする。

だが、ここで異変が起きる。

信濃・上野の旧武田勢が、次々に真田へ集まり始めたのだ。

「まだ武田は生きている!」

「勝頼様は討たれていない!」

武田家臣団の“完全崩壊”が止まった。

現実世界では、勝頼の死によって、武田ブランドは一瞬で消滅した。

だが、この世界線では違った。

武田家は、「逃げ延びた名門」として、まだ旗を保っていた。



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本能寺が変わる



そして ………  運命の6月。

本能寺の変。

明智光秀が謀反を起こし、信長が討たれる。

現実世界では、武田家はすでに滅亡していたため、旧武田領は「空白地帯」になった。

そこへ、徳川・北条・上杉が群がった。

しかし、この世界では違う。

勝頼が生存している。

しかも、真田・旧武田兵団が健在。

旧武田領では、一斉に「武田再興」の旗が立つ。

甲斐の民衆ですら叫び始める。

「武田が戻ってくるぞ!」

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真田昌幸、覚醒



ここから、一番ヤバいのが、昌幸である。

現実世界でも、真田昌幸は「表裏比興」と恐れられた天才だった。

だが、この世界では―――

「滅亡した武田の残党」ではなく、

「生き残った武田政権の軍師」になった。

昌幸は、岩櫃・沼田・吾妻・信濃の山岳地帯を利用し、徹底した遊撃戦を展開。

徳川軍を翻弄する。

さらに、上杉・北条・徳川を互いに争わせ、武田再建の時間を稼ぐ。

勝頼も、現実より変わっていく。

天目山で死ぬはずだった男は、敗北によって学び始める。

かつての強引さを捨て、家臣の意見を聞くようになる。

「二代目の苦労人」に変化していった。


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「甲州武田幕府」への道



1590年。

現実では、豊臣秀吉が天下統一へ進んでいた。

だが、この世界では、秀吉も簡単には進めない。

なぜなら―――

関東~甲信越に、「武田+真田連合」という巨大な山岳軍事政権が存在しているからだ。

しかも厄介なのは、農民人気。

武田家は、甲斐・信濃では「名門ブランド」が強い。

さらに真田のゲリラ戦術が合体し、簡単には滅ぼせない。

結果、日本の歴史は、

「豊臣による全国統一」ではなく、

西の豊臣。

東の武田。

―――という、“東西二大政権時代”へ突入していく。



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そして関ヶ原へ……



1600年。

老いた勝頼は、岩櫃城の崖から関東平野を見下ろしていた。

隣には、白髪混じりの真田昌幸。

「まさか……ここまで生き延びるとはな。」

「御屋形様。あの日、岩殿山へ行っていたら、すべて終わっておりました。」

勝頼は、静かに笑う。

「人は、城で滅ぶのではない。」

「信じる相手を間違えた時に、滅ぶのだな……。」

遠くで、法螺貝が鳴る。

武田菱の旗が、山風にひるがえっていた。

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