暗黒メモ「三権の男性軽視 ~女性配信者襲撃事件の判決に思うこと」
昨年3月に発生した「配信女性殺害事件」の裁判員裁判の判決が出されました。求刑懲役20年に対して懲役16年の判決となりました。
東京都新宿区高田馬場の路上で昨年3月、ライブ配信していた佐藤愛里さん=当時(22)=を刺殺したとして、殺人罪などに問われた高野健一被告(44)の裁判員裁判の判決が15日、東京地裁であった。井戸俊一裁判長は「多大な痛みや苦しみを与える残虐な犯行だ」と述べ、懲役16年(求刑懲役20年)を言い渡した。
井戸裁判長は、転倒した佐藤さんの上からためらうことなくナイフを何度も振り下ろし、襲撃後も「死んでますかね」と発言するなどしているとして、「殺意がなかったとは到底思えない」と指摘。傷害事件を起こして金銭トラブルを公表したかったとする弁解について「自己の心情を過小に述べており、文字通りに受け取ることはできない」とした。
一方、多額の金を貸した佐藤さんからの連絡が途絶え、心理的に追い詰められていたとも言及し、「犯情は非常に悪いが、経緯には同情の余地がある」と述べた。
(2026年7月15日)より引用
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026071500740
さて、この事件には大きな特徴があります。語弊を恐れずはっきり言ってしまうと、ここまで残虐な方法で殺害された被害者でありながら、世間とくに男性からの被害者への同情がきわめて小さいことです。いや同情どころか「因果応報」「当然の報い」「そもそもこれが求刑20年なのがおかしい」といった声まで少なからず見聞きします。
こうした男性からの辛辣な声がなぜ上がっているのかというと、この事件の被告人は事件を起こす前、カネを返してもらうために「法治主義」に基づいて取りうる手続きはすべて踏んでいるからです。
貸したカネの返済をもとめて怒鳴りこんだりなどせず警察に相談し、それがだめなら民事裁判(貸金返済請求訴訟)を起こして勝訴していて、とにかく法治国家の一員として“まっとう”な手続きを遵守していたのですが、相手はそれを悉く無視していたわけです。法治主義に則った手順でも解決がかなわなかったとすると、貸した側とすれば「泣き寝入り」か「自力救済」という選択肢しかなくなります。
私は昨年の3月、この事件の発生直後にマガジンで取りあげて、以下のように書いています。
なぜ「自力救済」の道を選んだのか。それは今後の取り調べや裁判のなかで詳らかになるかもしれないが、個人的には思うに「失うものがなにもなくなったから」かもしれない。自分は失うものがなにもなくなって、一方で相手は裁判所から返済命令が出たにもかかわらず借金を踏み倒してのうのうと配信活動をしているとなれば、なんらかの形で“一矢報いる”という感情が沸き上がってしまうこと自体は飛躍しているわけではない。
他者を殺傷することは法的に許されず非難されるべき行為であることは論をまたない。法的に厳しく裁かれるべきは加害者であることはいうまでもない。しかし一方で、他人の好意や尊厳をもてあそんで「金づる」としてしか見ず、なおかつ法による解決すらできない状況に追い込んで、さらには安穏と暮らしている様子を見せつけるなどの一連の行為が、こうした最悪の結果をもたらした遠因となったことも否定しがたい。それが人の命を奪ってよい理由にはならないしなるべきではないが、命を奪われうる理由にはなりえてしまう。
裁判での被告人の供述記録を見るかぎり、当時の私の予想はほぼ当たっていたようです。
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