慰霊の日は沖縄県民の苦難に思いを馳せる日
今日の中日新聞の社説は「戦時に重なるスパイ法」というテーマだった。
沖縄は今日23日、慰霊の日を迎える。今から81年前の1945年、太平洋戦争末期の沖縄戦で、日本軍による組織的な戦闘が終結したとされる日である。
沖縄戦は日本で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦であった。戦闘による戦没者は日米合わせて約20万人、うち住民は9万4千人に上り、県民の4分の1が犠牲になったとされている。
慰霊の日は、軍民を問わず亡くなった人々の御霊(みたま)を慰めるとともに、過重な米軍基地負担を今も強いられている沖縄県民の苦難に思いを馳せる日でもある。
これを読み、私も改めて「沖縄県民の苦難」に思いを馳せることにした。
私が初めて沖縄の苦難を知ったのは、灰谷健二郎氏の小説『太陽の子』を読んだ時だった。展望なき消耗戦が住民の犠牲を増大させた悲惨な地上戦の中で、多くの人々が命を落とし、自決に追い込まれ、生き残った人々も心に深い傷跡を抱えて生きてきた――その凄惨な現実を、私はこの作品で初めて知ったのである。同作は、戦争の悲しさ、愚かさ、辛さを描き、「二度と戦争を起こさない」という誓いを、沖縄の言葉で「太陽の子」を意味する「てだのふあ」こと、主人公の「ふうちゃん」に託した小説だった。
当時、「ふうちゃん」は私たち世代の希望だった。それを受け、私たちは長女に「陽子」と名付けた。沖縄の青い空に輝く「てだのふあ」のような、あたたかな光となってほしい。そして、彼女たちの世代には二度と戦争がなく、憲法9条が守り生かされる社会を作り上げよう――そんな願いを込めた命名だった。
しかし、その長女も46歳になり、昨年夏には「高畑勲と火垂るの墓」の番組制作に関わった縁から、このたび新潮社より同名の書籍を発刊するに至った。奇しくも時代は、あの『火垂るの墓』で描かれた悲劇がとても他人事とは思えない、あるいは沖縄の痛みや悲しみが再び繰り返されるかのような、不穏な空気に包まれている。
現在、世界では愚かな指導者たちによる戦争が広がっている。日本国内でも「新しい戦前」と呼ばれる事態が展開され、沖縄を再び戦場化するかのような軍事要塞化の準備が進む。二度と政府の行為によって戦争を起こさないと誓い、平和的生存権を掲げた憲法を、改悪しようとする動きも後を絶たない。
私は今日の沖縄「慰霊の日」を契機に、「戦争は絶対にさせない」「憲法9条を守り生かそう」という決意を、いっそう固くしている。皆さん、平和な未来のために、今こそともに声を上げ、力を合わせましょう。
