調理場物語(17)自動販売機
【掲載にあたって】
このエッセイは昭和55年(1980年)11月に母が執筆したものです。当時40代前半、父と町そば店を営みながら忙しい毎日を送っていた頃の文章です。表記や内容は原文のまま掲載しています。
世はまさにスピード時代。人間が機械を使うのか、人間が機械に使われるのか、ちょっと判らなくなってしまいます。機械・電気関係、全て目を見張るばかりの素晴らしい発展ぶりですね。その反対に人間の方はどうかと思いますと、そう変わり映えはしません。むしろ怠けぐせの多い、なにも考えようとしない人間が多くなって来ましたね。私自身もその一人です。上には上、下には下があり、どこまで行っても切りがありません。時々、魔法の杖があったらなぁーなんて虫の良い事を考え、自分のおろかさを嘆く事もあります。
私たちの日常にワンタッチで出来る事が沢山あります。毎日なに気なしに見ているテレビもそうです。スイッチを入れますと画面が出てきますね。見たい、食べたい、全てワンタッチ、ポンでオーケーで、この上お金もポンとワンタッチでお財布の中に入れば、めでたしめでたしなのですがね。又々馬鹿げた考え。反省のない人間は始末が悪いです。
さて、太陽の季節であるべき夏。今年の夏はまさに太陽のない季節でした。冷害々々と毎日耳にタコができる程騒がれ、大変な夏でした。私の店でも冷害では同じです。冷し中華、ざるそばは例年の半分位も売れたかどうかです。それよりも大きな冷害に見舞われた事があります。
それは「かき氷」の自動販売機を入れた事です。子どもの頃よく簾の下がった縁台に座って、氷水屋さんのおじさんが手でカリカリと削ってくれた、あの氷水です。今はかき氷等と言っておりますがそのかき氷機は、今や全自動となって、前にも言ったようにワンタッチ・ポンでかき氷が出て来ます。今はどこの片田舎に行ってもいろんな自動販売機が置かれていますね。酒、タバコ、ドリンク類と、私の店にもその手のセールスマンも何人か来ましたが、主人は耳を貸さず置いておりませんでした。
話は五月末の頃になりますが、ある電気メーカーのセールスマンが来てパンフレットを見せられ、かき氷の機械に目が止まり、面白そうだと言ったのが運の尽きでした。どんどんセールスマンのペースに乗せられ、買わざるを得なくなってしまいました。主人は「競馬もマージャンもしないがら、遊びと思って買うべ」と、言います。しかし、何しろ遊びと言っても大変な玩具です。
話は早い方がとかなんとか言って、契約させられ、いよいよ気に入らないお嫁さんのお輿入れです。気に入らないからと言ってふくれてばかりも居れず、結局は私が世話をしなければならなくなります。かき氷機を説明いたしますと、機械に入っている水が氷を造り、入り口からお金を入れますとコップが出て来て氷が削られ、それがコップに入り、シロップが掛かって出来上がりです。シロップはメロン、イチゴ、レモンと三種類になっており、自分の好きなシロップの所を押します。氷の量もシロップの量も自由に調節出来ます。一個出来上がりますと水が出て洗い流してくれます。売値も自由に出来ます。家では百円にしました。目新しいので子ども達は喜んで集まって来ますが、私は少しも面白くありません。百二十万円の機械にシロップ代、紙コップ、スプーン代と別に二十万円払い、おまけに気まぐれ嫁さんでちょこちょこ故障を起こします。
お金が汚れていたり、入れ方が悪いと作動しません。その度に子ども達に呼ばれ、作りかけのそばをだめにしたり、又、両替をしてやったり、めちゃめちゃです。機械を入れるためにシャッターの一部を切断して六万円かかり、機械代は一時払いだと後が(故障)困るので、三年位の分割払いです。売上はと申しますと、六月の中頃に少し売れ、後は全然です。電気代だけがぐんぐんと上がりっぱなしです。
こんな事になるのなら、二つ三つ主人に殴られても反対すべきだったと今になって悔やまれます。今年の冷害を予想したなら、いくら玩具と言えども買わなかったと思います。
亭主の好きな赤烏帽子とか、母など良く私がごたごた言いますと「たまには好きにさせろ」と言います。たまにどころか毎回好きにさせて居り、自分のやさしさが(自分だけの評価)いまいましくなります。主人は主人ですこしもやさしい女房と思っていないかもしれませんね。兎に角、私も「転ばぬ先の杖」で、私の主張は主張で大声で叫ぶ事に、今から実行するのみであります。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われて居りますように、秋の彼岸を境に日一日と寒くなって参り、かき氷機も不要になりました。寒い夏のため冷たい目で見つめられ、さぞかし辛かった事と思います。でも、現実は厳しいのですから仕方ありませんね。買主だって辛いのです。今年こそ買おうと思った着物も買う事が出来なくなってしまったのですもの。
主人はますます薄くなった頭をなでなで、囲碁の本を片手に白い石、黒い石を交互に動かして、一人でぶつぶつ言っています。私は私で、かき氷機一台位でぶつぶつ言うのを止めようと思いました。
夜もだんだん冷えて来ますとそろそろコタツが恋しくなって来ますね。いよいよ温かいラーメンの季節です。

本文のかき氷自動販売機が設置される以前の外観ですが、
昭和の雰囲気を伝える写真として掲載します
