「どうする家康」第27回「安土城の決闘」 すれ違う信長の孤独と家康の理想から見える織田政権の綻び
はじめに
第27回は、信長の強さの裏側とそれを知ってなお訣別を告げる家康の覚悟が、二人の緊迫感ある対決によって語られました。初回から信長に怯えきってPTSDを発症していた家康が、対等以上になって信長に物申し、その壁を乗り越えようとする…この場面のために26話をかけ、そして25話までキャラクターを積み上げた瀬名を死なせたかと思うと感慨深いものがあります。
それにしても、この信長を乗り越えるという訣別を何故、家康による信長暗殺計画とセットにして描くのでしょうか。
本能寺の変には様々な説がありますが、その中でも家康主犯説、家康黒幕説は、フィクションとしては利用されるものの、陰謀論の一種としてあまり評価されているものではありません。大河ドラマでも家康が信長暗殺を画策するというのは、「秀吉」(1996)が知られているくらいでしょうか。因みにこの作品での家康(演ずるは西村雅彦さん)は、築山・信康事変における妻子誅殺の恨みから、光秀に謀叛を唆しています。
しかし、「どうする家康」においては、これまでのnote記事でも触れたとおり、瀬名から託された「戦のない世の中」、「厭離穢土 欣求浄土」の実現が、家康の最優先の目的となっています。ですから、前回の「信長を殺す」という胸中の告白においても、その後の「わしは天下を取る」のほうに比重があります。前回note記事で触れたとおり、彼にあるのは、二人を死なせた自身への不甲斐なさと理不尽な世の中そのものへの怒りでしょう。
つまり、築山・信康事変は信長暗殺計画のきっかけであっても、恨みという感情論だけで動いているわけではありません。あくまで、目的実現の通過点としての信長暗殺。つまり、そこには合理的な判断があるわけです。
一方で面従腹背とはいえ、信長に恭順ぶりをアピールせざるを得なかった甲州征伐や富士遊覧を見れば、信長と織田軍団の戦闘力と存在感は圧倒的です。また、これまで信長は、家康に対して、時にまめまめしく、時に強引なやり方で自身のやり方の「正しさ」を証明してきました。つまり、金と政治によって整えられた戦力という実行力とそれを支える哲学で家康を圧倒してきたのです。したがって、いくら妻子誅殺の件があるとはいえ、信長への生半可な謀叛は現実的とは言えません。というか、自殺行為です。
にもかかわらず、信長暗殺計画を合理的な判断として進めてきたのには、家康なりに成功の算段があったからだと言えるでしょう。となると、「何故、家康は信長暗殺計画を実行できるとの確信に至ったのか」、ここが重要だと気づかされます。そこで今回は、家康の信長暗殺計画の準備と信長との理想をぶつけ合う対決から、家康の自身の強みに対する確信が何かについて、考えてみましょう。
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「どうする家康」考察集
大河ドラマ「どうする家康」第7~最終回+総集編の考察です。おまけのコラムも3本入っています。
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