【短編小説】スノードロップの島
作業所の昼休みは短い。
鐘が鳴るまでの、ほんのわずかな時間だけが、少女たちの自由だった。
ミナとエリは、並んで腰を下ろし、黙ってパンを取り出した。
朝からカバンに入れていたそれは、すっかり固くなっていた。
噛むたびに、口の中の水分を奪われる。
味はほとんどしない。
それでも、何も食べないよりはましだった。
二人とも学校には通っていない。
家が貧しく朝になれば仕事へ向かい、夕方まで戻らない。
それが当たり前の日々だった。
指先はいつも荒れていて、爪の間には落ちない汚れが残っている。
昼休みの間、二人は仕事の話をしない。
その短い時間だけ、少女たちはただの少女でいられた。
ミナが、声を落として言った。
周りに人がいるわけでもないのに、秘密を話すときの癖だった。
「湖に浮かぶ島の話」
その言葉にエリはパンを食べるのをやめ、顔を上げた。
湖の真ん中には、誰も近づかない島がある。
ミナは目を輝かせる。
「スノードロップっていうものがあるんだって。ものすごく綺麗で、見た人は帰れなくなるくらいだって。」
エリは想像した。
雪のように白くて、綺麗な響き。
それはなんだろう。
「見に行こうよ」
エリは一瞬だけ迷い、それから言った。
「夜なら、行けるかも」
二人は顔を見合わせ、小さくうなずいた。
湖のほとりにある小舟で待ち合わせることにした。
夜八時。
家の灯りが落ちるのを待ち、そっと外へ出た。
戸を閉める音がやけに大きく感じられ、息を止め、足早に向かった。
小舟は古く、片足を乗せただけで、ぎしりと嫌な音がした。
二人は思わず顔を見合わせる。
ミナが覚悟を決めたように乗り込み、エリも続く。
小舟は不安定に揺れたが、転覆することはなかった。
ミナが櫂を握り、ゆっくりと漕ぎ出す。
少し進んだところで、エリと交代した。
昼の作業で体はすでにボロボロだ。
腕はすぐにだるくなり、てのひらに力が入らない。
それでも二人は漕ぎ続けた。
スノードロップを思い浮かべながら。
どれくらい経っただろう。
二人には分からなかった。
呼吸の音だけがやけに大きく聞こえるが、それでも櫂を動かし続け、ようやく島まであと半分のところまで来ていた。
「少し、休もう」
どちらからともなくそう言って、櫂を止めた。
その時だった。
水面に、ふっと光が灯った。
一つや二つではない。
無数の小さな光が、湖一面に浮かび上がった。
まるで、誰かが水の底に灯りを沈めたみたいだった。
「ライト?」
エリが身を乗り出す。
指先が水面に触れた瞬間、光は溶けるように崩れて水に混ざった。
驚いて手を引くと、崩れたはずの光は、
何もなかったかのようにまた元の場所で静かに輝く。
何度触れても同じだった。
二人は知らなかった。
それが夜空の星が湖に映ったものだということを。
二人に言葉はなかった。
ただ、綺麗だと思った。
息をすることさえ忘れてしまうほどに。
やがて再び櫂を握った。
てのひらは真っ赤で、ひりひりと痛んだ。
それでも櫂を離さず、二人は再び島へ向かって漕ぎ出した。
島の岸に小舟が触れた瞬間、二人は言葉を失った。
足を踏み出すと、地面は柔らかく、その先に白い世界が広がっていた。
風がふくと、それは静かに揺れるが、
また元の位置に戻る。
「これが…スノードロップ?」
エリが、確かめるように言った。
二人は花を知らなかった。
だから、それが花だとも思わなかった。
「お菓子みたいだね」
ミナがそう言って、しゃがみ込む。
空腹に勝てず、一輪、口に運ぶ。
どんな味だったのだろう、二人だけが知っている。
二人とも体力は、残ってはいなかった。
湖を渡ってきた疲れと、安心が一度に押し寄せる。
帰ることも、考えられなかった。
二人はその場で横になり、お互いの手を探して、ぎゅっと繋いだ。
白い世界の中で、ミナが囁く。
「綺麗だね」
エリは答えなかった。
その手は、すでに力が抜けている。
深い、深い眠りに落ちていた。
島には、今日もスノードロップが咲いている。
帰れなくなった少女たちを、静かに包み込みながら。
最後に…
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