【始末の作法】岩と雪に戯れた日々を想いながら
今年のGWは、夫婦で女川町を訪れた日の他は、自宅内の片付けと営繕作業に没頭していた私。と言うのも、自分で立てた『60歳までの五か年計画』の進捗状況から逆算すると、今年が肝になるように思われたからです。
さて、此度の片付けは如何なる顛末を迎えたのでしょうか!?
なにしろ、片付けている物が物だけに「何でこんな物を持ってるの?」と疑問を持たれる方も多かろうと思いますが、『知らない世界』を覗き見る愉しみもありましょうから、冷やかしついでにご観覧頂ければ幸いです。
【始末の作法】の私的背景
『始末』という言葉は、正負をない交ぜにしたような言葉でもある。
本音を溢せば、自分が大切にしてきた事物に始末をつけることは悲しいし、切ないものだ。始末の対象が何であれ、複雑な思いは否めない。
けれど、ひょんなことから、ここ十余年の間に伯母たちの住家(二軒)を処分してきた身なればこそ感じてきた憤懣やるかたない思いもある。他人様の所有物を処分する時のストレスは想像以上に強い。言葉にし難いけれど、業が深まっていくような気分に陥るのである。そこには、時間と金だけでは解消できない問題が潜んでいる。それ故『自分の尻は自分で拭く』を掲げ、自らを律して片付けに取り組んでいる。
色々な考え方がある。人それぞれの立場や環境があると思う。
けれど、自分以外の誰かに多大な迷惑を掛けるという点を除外して、己の人生の終焉を思い描くことは、余りにも身勝手が過ぎると感じる。それが今の私の『始末の作法』に対する考え方の礎になっている。
岩と雪に戯れた日々を想いながら
兼ねてから、GW期間を使って片付ける場所・物を決めていた私。
その場所・物とは、自宅の二階に格納されている私物に過ぎる私物・・・それも、私以外の家族が一生使う事がないであろうガラクタの類である。
ガラクタ・・・それはクライミング・ギアだ。
主に、冬期登攀やロック・クライミングで使ってきた登攀用具や安全確保のための道具になる。
故に、殆どが鋼製(クモムモリブデン鋼・アルミ・ステンレス・チタン等)だから我が愛すべき門外漢の人々からすれば、用途はおろか、使用の可否から処分に至るまで皆目見当がつかないであろうことは明らかなのである。詰まるところ・・・こんな無骨な物品を大量に遺されたとて困惑するであろうと(汗笑)。

それでも・・・である。言い訳染みた答弁になっていまうけれど、この20年余りの時間を費やして、随分と処理・処分してきたのだ。
比較的新しい物や安全性が担保されている状態のギアは、信頼できる知己達に譲渡したり、それらを必要とする愛好者に売り渡すと言った具合に、有効活用してもらうことを前提に処分してきたのである。
※墜落による衝撃が見込まれたザイルや各種プロテクション類、老朽劣化が著しいクライミング・シューズ等は早々に処分済。
それ故、此度で最後になるであろうクライミング・ギアの処理・処分の対象は、1980年代後半~90年代前半にかけてのギアとなった。
だから、私と同世代の愛好家にとっては懐かしい品々に思えるかもしれないが、その一方で、今を生きる若人クライマーにとっては化石さながらに見えてしまうかもしれない(笑)。
§ 冬期登攀のギア
冬期登攀と言えば、雪と氷と岩である。されば、クライマーの足元を支える『クランポン』の存在が最初に思い浮かぶ。

今の今まで手元に残ってしまったのは、アイスクライミング用のシモン社と通常使用のカジタ社の二組である。これらは、踵部分のワイヤーに不安を覚えていた事から、他人様に渡すことなく保管してきた。
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それから、冬期登攀の象徴『アックス&バイル』も忘れちゃならない。
なにしろ、彼らが無ければ、氷壁は勿論のこと、凍てついた岩壁を前進することはできないのだから。言わずもがな、両手にアックス、足元はクランポン・・・と言うのが冬期登攀のドレスコード?!なのである。

この頃に発売されたミゾー(国産)は欲しかったなぁ~。
買えない不自由さもまた良き思い出に繋がっている。
貧乏学生だった私は、これら2本のシモン社のアックスを先輩からタダ同然で譲ってもらった。かような経緯を辿った装備品は、他人様に容易く譲渡することができないから不思議である。
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ここまで書き綴って・・・ふと気づく。
これら古~い時代の装備品を目にした若人クライマー達が「古っ!」と口走っているのではないかと(笑)。それは致し方なかろう。なにしろ、この界隈のギアの形態的・機能的な進歩は目覚ましく、財源さえ確保できれば最先端の装備を取り寄せることが可能な時代なのだから。
さわさりながら、今の私は、先鋭的なギアの恩恵を享受している今のクライマー達に対する羨望を抱くと同時に、粗末な道具しかなかった時代にあって偉業を成し遂げた先人達に対する畏敬の念を更に強めているところなのだ。
それが、この危険なアクティビティーを嗜んできた人間の本音でもある。
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それから・・・そうそう、たったの2本ではあるけれど『チタン製のアイス・スクリュー』も手元で保管していた。この手のアイテムは存外に高価で、バイトで稼いだお金に羽を生やした張本人的存在でもある(笑)。

(だからビニールテープで巻き巻き)
この2本は、自分の墜落を止めてくれたプロテクションであり、それ故、相応の衝撃を受けたであろうことが疑われたため、他人様に渡らぬよう手元に残していたというわけだ。
それも・・・此度の片付けを最後に手放す。それが『自分で自分の始末をつける』ことなのだと思う。やはり、他人様に任せるべきことではないのだ。
§ ロッククライミングのギア
お次は、ロッククライミングの装備品だ。
となれば『プロテクションの類』が此度の主役と言えるだろう。

脳に酸素が運ばれなくなり、脚がミシンを踏み出したように震え・・・。
ギアを手にしただけで酸っぱいような苦いような生唾が湧いてくる。
その代表格は、ワイルドカントリー社のフレンズである。
これは、クラックと言われる岩の割れ目に差し込んで使うギアで、平たく言えば、扇型の金属部分と岩面の摩擦によって、クライマーが墜落した時の衝撃を受け止める役割を担っている。
だから、プロテクションの機能を発揮させるには、ギアを扱う人間の技量が問われるわけだ。言い方を変えれば、確実性は扱う側に委ねられていることになる。

この状態にしてから岩の割れ目に挿入する。(理解困難かも)
もっとも、こうした点はプロテクション・ギアが進歩した今も変わらない。クラックのサイズや岩の形状・石質を見極め、適切なサイズをセレクトし、そして確実に設置する・・・要は、プロテクションとは言いながらも『持っているだけで安心』といった類の道具ではないということだ。
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それから、世にカム・ギアが登場する前から存在していた『ストッパー・ナッツ』というプロテクションにも触れておこう。
こちらも、岩の割れ目に装着するプロテクションの仲間で、シンプルなフォルムが示す通り、様々な使い方ができる。その一方で、適切にセッティングすることが難しく、前出のフレンズ以上に経験を重ねる必要があった。

気持ち的には『お守り<ストッパー<気休め』の存在だった。
殊に、極小サイズのストッパーを連続して使う場面は、言ってみれば困難に直面している状況に置かれていることに等しいことから、そういう時は、頭の中のヒューズを2,3本切って前進していた(笑)。
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そして『頭のヒューズを2,3本~』と言う事になれば『スカイフック』と『ラープ』という怪しげなギアも挙げておかねばならないだろう。
これらは、主に『アメリカン・エイド』と呼ばれるビッグウォール・クライミングで使うために誕生したギアで、小さな岩の窪みや割れ目に引っ掛けたり、打ちつけたりして使う。

右のワイヤーで繋がれている金物が『ラープ』。
だから、プロテクションと言うよりも『前進に特化したギア』の部類に入るだろう。
それ故、墜落を止めるといった役割は薄い。あくまでも、前出のカムやストッパー・ナッツといったプロテクションが使えない場面で活躍することになる。それ即ち、これらのギアを使う場面の多くは、墜落に対して安全が確保できない難局だと言い換えられるだろう。
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それから、昔っから存在するプロテクションの代表格『ハーケン・ピトン』も幾つか手元に残っていた。

変形しながら岩の割れ目に食い込んでくれることもまた重要だった。
赤い柄のギアは、ロック・ハンマー(ハーケンやピトンを打込む道具)。
未使用の物も幾つかあったが、貰い手が無かったのだろう。ナイフブレードやアングルなどは、今でも使用に耐えるはずだ・・・が、私の周囲にアルパインクライミングを嗜む人間が激減していることを鑑みれば、これから先も引き取り手が見つかるとは思えない(苦笑)。
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とまぁ、懐かしいギア類を参照してきたわけだけれど、懐かしいと言えばブランドもまた時代の空気と懐かしさを醸す要素だろうと思う。
そんなブランドのひとつとして『Chouinard』を挙げておきたい。私もまた、このブランドに世話になってきたクライマーの一人であった。

シュイナード・・・それは、アウトドア・アパレルの『パタゴニア社』の歴史を知る方であれば聞いたことのある名前だと思う。そう、パタゴニア社の創業者 イヴォン・シュイナードが一番最初に興したクライミング・ギアの会社である。
創業当初は、前出のハーケンやピトンといった鋼製ギアを製造販売していた。そこから世界企業のパタゴニアに至るのだから大したものだ。これもまたアメリカンドリームの分かり易い一例になっていることだろう。

因みに『シュイナード』は、現在『ブラックダイヤモンド』と社名を変えている。私の記憶が正しければ、同社のハーネスを使っていたクライマーの墜落事故に伴う裁判によって社名変更を余儀なくされたはずだ。
(今から40年近く前の話になるけれど、上写真の薔薇柄のハーネスを購入した直後に、ブラックダイアモンドと社名を変更したので記憶に残っている。裁判社会の米国らしい出来事でもあった。)
ブランド・・・と言えば、長らく愛されてきたイギリス発の『troll』も忘れてはならない。このシット・ハーネスにお世話になってきたオールドクライマーも多い事だろう。かく言う私のクライミング人生もまた、このウィランス・シットハーネスから始まった。

最終的には、フランスの『ぺツル社』のハーネスを手にしたことで、このシットハーネスはお役御免になってしまったのだが、シンプルな造りゆえのメリットが多くあったように思う。
(季節と場面を選ばない汎用性と機能性は認めざる得ない。但し、岩壁に長時間ぶら下がっていると、お股が痛くなるのが玉に瑕だった。)
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そろそろ締めに入ろうと思う。
最後に変わり種を紹介したいのだが、この中で変わり種と言えばトレーニング・ギアが該当するだろうか。
これは、メトリウス社のトレーニング用の人工ホールドで、使い方は至ってシンプル。荷重に耐えられる壁に取り付けてから、大小様々な穴に指を掛けて懸垂するだけ・・・である(笑)。普通の懸垂と異なる部分があるとすれば、それは『手』でなく『指』のみを使った懸垂になる点だろう。
これら一組は、処分することなく自宅で使おうと考えているのだが・・・。

片付けをしながら、そんな考えを嫁さんに伝えたら「えっ?!またクライミングやるつもりなの?」と苦い顔をされてしまった(汗笑)。
嫁さんよ・・・君の旦那は『昔取った杵柄をとりたいタイプの人間』ではない。そんなことは、君が一番良く知っているはずだろう。私は、単純に家の中で懸垂がしたいだけなのだよ。昨今、何処の公園にも懸垂に向いた鉄棒がなくなったからね。
とかく、人生もまた最後まで何が起こるか分からないのだから、先々のことは私も分からないのである。齢六十を過ぎてボルダリングを再開するなんてことになっても・・・決して驚かないでおくれ(笑)。
§ ギアから金属へと
とまぁ、自宅二階の収納2か所に格納されてきたクライミング・ギアの一群は、久方振りに日の目を浴びると同時に、持ち主との決別の日を迎えたというわけだ。(夫婦で使えそうな軽アイゼン等は残しておいたが。)

知己達が貰ってくれたお陰で『この程度』で済んだことを実感。
片付けの最後に、各ギアから金属以外の部分を除去した。
どんなものでも、それを構成した一部が取り除かれるだけで、機能や質量のみならず、ギアとしての風格や存在感が失われていくような気がする。

長く愛用してきた物を処分する場面が、持ち主の心理に影響を及ぼすのは、なにも物理的かつ情緒的な喪失感に限ったものではない。こうした『対象物側が見せる表情の変化』もまた持ち主の心を確実に削ってくる。
そうした傾向を強く感じてしまった分、此度の作業は辛かった(本音)。

がしかし、お前たちには未来がある!
そう、これから新たな金属に生まれ変わってもらうのだ!
新たな意味と役割を担ってくれたまえ!
今まで・・・本当にありがとう!
命を助けてくれてありがとう!
後記・ストレスと自分の業に向き合う作業を経て
この note なる場所で、自分は何を書き遺しているのだろう・・・かくも泥臭い話を臆面もなく書き連ねることに果たして意味はあるのだろうか?
そんな疑問と懸念を胸に秘めつつも、開き直って書き綴ってきた次第。
けれど、部屋のみならず心の中も整理できたと感じています。それはやはり、胸の中に溜まった澱のようなもの・・・を、この場所で吐き出すことができたからなのかもしれません。
本編でも触れた通り、自分の歴史や背景に繋がる事物を処理・処分するという行為は、想像以上にストレスと自分の業に向き合う機会になってしまうものです。こうした『消沈を伴う行為』を和らげるのは『口に出す』或いは『文章に起こす』といった出力作業が相応しいと感じる今日この頃です。
そんな思いに至った私もまた、自己顕示欲なる厄介なものを些少なりとも備えてしまった人間なのでしょう。
いやはや・・・達観は遥か彼方ですな(呆笑)。

