アナ雪以降に体験型映画はなぜ増えた? ~よくある苗字、鈴木と田中
筆者の記憶が確かならば、マニアでもない人が「映画館で〇回観た」って言えちゃう状況が生まれたのってアナと雪の女王からだと思う。
アナ雪以前は、「映画館で〇回観た」って言っちゃうと、ちょっとキモいって部類の人になってしまう状況だったと筆者は思ってる。
アナ雪以降は、
君の名は。
ボヘミアン・ラプソディ
劇場版「鬼滅の刃」無限列車編
THE FIRST SLAM DUNK
国宝
そして今年のMichael/マイケル
と「映画館で〇回観た」って発言がキモくないに変わったって思わせてくれるタイトルは沢山ある。
■キモくないへ
キモくないに変わったもの。
ひとつ例をあげると。
アイドルの追っかけや親衛隊。
昔はキモい人がやる事ってイメージだった。
今は、「推し活」って言葉になってる。
このあたりは、キモくないに変わったなって思わせてくれる名称変更になっている。
映画の場合は、追っかけからの推し活のように、名前自体は変わっていない。
単純に映画を観ること自体にはキモいって印象は無く、条件次第でキモいって印象を持たれてしまうものだった。
その条件の中のひとつが、「映画館で〇回観た」って行為だった。
アイドルを応援する行為が普通になったように。
映画でキモいって思われてしまう条件も緩和されていると思う。
作品によっては普通になったと言うべきかもしれない。
■スマホをいじる
キモいって思われてしまう条件が緩和されたのは、
インターネットと使用する機械(デバイス)の進化と切っても切り離せないと筆者は思っている。
モデムを繋いでパソコン通信と、スマホをいじる行為は似たようなもんだけどハードルが違う。
パソコン通信の時代は、パソコンに詳しい人だけ。
スマホは、ほぼ誰でも触れる。
このぐらい変わってる。
デバイスが誰でも使えるものに変われば変わるほど情報が溢れかえる時代になった。
そこから自分が楽しいと思えることを集めることができる時代になった。
推し活を普通にしていった、AKBの黄金時代もスマホが普及しだした時期と重なるのも偶然ではない気がする。
■時代の変化
テレビ番組では、「マツコの知らない世界」って番組が登場したのも時代の変化だろう。
いわゆるマニアを主役にした番組である。
昔だと同人誌とかになりそうな内容が主役に躍り出てる。
パソコン通信からネットサーフィン。
そして「スマホをいじる」。
この進化がないとマニアを主役には出来ないだろう。
昔は「キモい」ってものが、「マニアの体験談」って代物に変わったんだと思う。
アイドルの追っかけは「キモい」から「楽しい」推し活に。
映画のリピート鑑賞だって、「キモい」行動が「何度も体験したい」行動に。
マニアの楽しさにマニアじゃない人が共感したら、「キモい」は、「キモい」じゃなくなる。
推し活や映画館でのリピート。
そして、「マツコの知らない世界」で主役になるマニアが紹介する内容も、
マニアじゃない人が共感しちゃう何かがあるから成立するんだろう。
■よくある行動
「映画館で〇回観た」って発言が普通になった映画は、
映画マニアの行動に
マニアじゃない人も参加した。
こういう現象が起こっていると思う。
作品に魅力が無いとそこまでの現象にはそもそもならないと思う。
ただ、アナ雪以前は、「映画館で〇回観た」って発言はマニアの人だけって感じだった。
これはつまり、昔ならレア苗字だったものが、鈴木や田中みたいなよくある苗字になったようなものなのかもしれない。
昔は「映画館で同じ映画を何度も観る人」と言えば、映画マニアだった。
今は「映画館で何回も観た」と言っても、別に珍しくない。
作品によっては、普通の人が普通にやっている。
映画のリピート鑑賞という、昔ならレアだった行動が、鈴木や田中のような「よくある苗字(行動)」になった。
アナ雪以降の映画には、マニアだけのものだった楽しみ方に、マニアじゃない人も体験する「体験型映画」が出てきたんだと思う。
■リピート鑑賞の記憶
筆者も映画館で同じ映画を2回観たことがある。
アナと雪の女王よりかなり前に公開された、「マトリックス・リローデッド」って映画だ。
高速道路の上での格闘シーンがあるんだけど、音楽と動きがシンクロ具合が計算され尽くしてて、その映像見ること自体が一種の体験って感じだった。
生まれて初めて映画館で観る意味を示された作品だったが、当時はもう一度観ようって発想そのものが無かった。
何故、リピート鑑賞する事になったかって言うと、1回目と2回目で違う女性と一緒に行動してたからだった。
おそらくだけど、マトリックス観たいってなった時に「もう観ちゃった」って話をしなかったのは、もう一度観ても面白い体験が出来るって思っていたからだろう。
ちなみに映画を見た女性はどちらも恋人未満の状況だったので二股って訳では無い。
若かりし日の筆者は、どちらの女性にも気があったの確かである。
ABC順に駆け上がって武勲を挙げたいと思っていた。
■二兎追うものは
ことわざ通りだと武勲にならないのがオチだけど。
現実は1つの武勲に繋がった。
2回目の映画鑑賞が終わったあとのカフェでの会話で、「リピート鑑賞」ってのがわかってしまう内容を喋ってしまっていた。
途中で気づいて、一緒に映画を観たのは、違う女とじゃなくて部活の後輩と軌道修正は試みたものの、相手の反応と表情を見る限り軌道修正は失敗してた。
恋人未満だから怒られるような事ではないんだが、この女性と武勲に繋がる可能性はないだろうなぁってその時は思った。
だが、武勲になってしまったのはこの女性とだった。
■鈴木と田中
何故こういう結果になったのかって言語化するのは難しい。
そもそも何でそうなったのかも解らなかった。
スマホをいじってると「これじゃね?」って情報が入ってきた。
鈴木拓と田中みな実が浮気する男性について話しているショート動画だった。
鈴木拓が言っていたのは、
「浮気する男を選んでるんじゃないですか?」
という話だった。
浮気する男が悪い。
もちろん、それはそう。
でも、鈴木拓の主張はそこじゃない。
浮気するような男を好きになる女性は、そもそも浮気しそうな男を選んでいるんじゃないか。
真面目で、地味で、つまらない男を選ばずに、ちょっと危険な香りがする男を好きになる。
そういう男を選んでおいて、実際に浮気されたら、「男は浮気する」と嘆く。
こんな感じの内容だった。
筆者の場合は、奇跡的にそういう存在になれちゃったんだろう。
軌道修正しきれなかった事で浮気しそうな危険な香りの男になった。
可能性ないって思った事による対応が、余裕のある男の振る舞いになっていたって部分もあるだろう。
実際2人の女性を追っていたとはいえ、筆者はそこまでの男では無い。
映画とか食事とかデートっぽい行動になった女性は数十人単位にはなるが、武勲ってなると1桁である。
それも片手の指の範囲内だ。
この程度の男で、鈴木拓の言っていることに「これじゃね?」ってなれるのは奇跡的だと思う。
こういう手に入り方をした実体験から言うと、相手を大事に想う気持ちが湧いてこなかった。
よくある苗字の様にありふれたなパターンである、
浮気に走るとか、
頑張って稼いで買ったマイカーの方が大事ってなるとか、
パチンコで勝った時の快感の方が大事ってなるとかが、
「その気持ち解るわ~。」って思えた。
筆者は男としての実力(甲斐性)が無いので、解ったのは気持ちだけだった。
車やギャンブルに使うお金が残ってなかったのである。
危険な香りは偽物である。
■大っぴらに言える時代
話が脱線したが、筆者が「マトリックス・リローデッド」で体験した感覚は、アナ雪やボヘミアン・ラプソディやMichael/マイケルの口コミと少し近い感覚だと思う。
当時はまだ、ガラケーの時代で、映画の感想をチェックするのはパソコンでのネットサーフィンが主流の時代だった。
感想や口コミを投稿すること自体も今よりハードルが高かった。
もちろん昔より技術の発展やノウハウの蓄積で「体験型映画」って物が登場したって部分もあるだろう。
でも、それ以上に情報に触れる機会も自ら発信できる環境も増えている事が足枷になっていると筆者は思っている。
アナ雪が流行り、リピート鑑賞する人が多いって情報に触れた時、
筆者は「マトリックス・リローデッド」の記憶から、
「その気持ち解るわ~。」って思えた。
同時に、リピート鑑賞を大っぴらに言っても良いんだって思った。
■鈴木化と田中化
大っぴらに言える時代だから、趣味を持って突き詰めるべきだ!!!
最近はこういう主張が多い。
しかし、現実に起こってることは、
映画好きの鈴木さん。
Michael/マイケルにハマってる田中さん。
のような、よくある光景の方が価値を生んでいると思う。
「マツコの知らない世界」でも、マニアが紹介する内容が、
「その気持ち解るわ~。」って内容だから番組として成立してるって自分は思ってる。
大っぴらに言える時代だから、趣味を持って突き詰めるべきだ!!!
が間違えてるとは言わないが、筆者はそれが正解とは思わない。
大っぴらに言える情報から、鈴木化しちゃう人々、田中化しちゃう人々がどれだけ増やせるか。
突き詰めてなくても、鈴木化しちゃう人々、田中化しちゃう人々を増やせたら突き詰めた人よりも情報発信者としては価値がある。
そういうもんだと思う。
鈴木化と田中化ができる情報に乗っかって、マニアの楽しみ方を味わえる。
スマホいじるのが当たり前になった事で、今はこういう時代にもなっている。
お手軽にマニア体験をする需要があるから、提供されるのであれば自分で突き詰めなくても良い。
そもそも飽き性な人は、待ちの姿勢だって正解だろう。
■体験型映画
体験型映画は、リピート鑑賞する人をレアな人から、鈴木化や田中化する事に成功した映画だと思う。
映画館のスクリーンは音響と画面サイズ、これだけでも魅力的な体験である。
その要素も重要なものになっているが、それ以上に普遍的な要素に感情が乗っかった感想が体験型映画からは、特に伝わってくる。
「君の名は。」は、赤い糸を連想させる運命の出会い。
「国宝」は、組織の中で特別な存在にならなければならない宿命。
ボヘミアン・ラプソディとMichael/マイケルは、天才の葛藤。
鬼滅の刃とTHE FIRST SLAM DUNK は、凡人の葛藤。
その熱量の高さが、
鈴木化と田中化ができる情報に乗っかって、マニアの楽しみ方を味わえる。
この需要とマッチする事になっている。
ここは作品そのものの質が高くないと起こりずらい現象だと思う。
■実は観ていない
ちなみに筆者は、アナと雪の女王を観ていない。
そして、ここで挙げたアナ雪以降の体験型映画も、実のところ観ていない。
ただ、マトリックス・リローデッドで感じた「もう一度この体験を味わうのも良いかも」という感覚。
それが今では、多くの人に共有される感覚になった。
昔ならマニアだけのものだった楽しみ方が、鈴木さんや田中さんのような、どこにでもいる人の楽しみ方になった。
最後にひとつだけ思う事がある。
フレディやマイケルの天才の葛藤に感情移入が出来るのって、
筆者が浮気する危険な香りがする男って勘違いしちゃう構図とちょっと似てる気がする。
それにしても最近は、ソロ活って言葉があるから映画館もソロで行きやすくて良いよねぇ。
ちなみに筆者は鈴木だろうか、田中だろうか「よくある苗字 齋藤」だろうか。
「ダンス部 部長 南原」ぐらいのレア度かもしれないね。
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