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きえゆ というニュアンス

〇〇ゆ って表現あるじゃないですか
消えゆとか燃ゆとかに代表される。
明朝体とかで書かれてると少し古風というか
気持ちNHKみたいな。

でもそれが途端に〜だゆとか〜ですゆ
になった途端に🥺ぴえんマークに病みメイク
もしくは自認幼児の可愛い物好きの成人男性が
頭に浮かぶ、固そうな質感とは真反対に
生息していそうな人間になる。

海外でこんなコントラストあるんかな
否定や肯定はあるだろうけど
同じ文字、同じ読み方なのに
文字から受ける印象がまるっきり違うみたいな
日本語って略しても、ちゃんと発音してなくても
足しても、こういうニュアンスなんだろうなが
伝わる意味のわからない言語だよね。

言葉自体ではなく、文脈でって英語でも
あると思うけど言葉は変わると思うんだよ
1文字変わるだけでなんでこうなるの?
みたいな海外の反応よく見ちゃう。

こういうのとか
あとだいじろーさんやMr.Fujiさんの動画ですね。

1文字変わるつながりの話として
ひとりごつがあります、てっきりひとりごとの
ちいかわばーじょんで、造語なのかと思ったら
平安時代からの古語らしく
無知な私は全く知りませんでした。

ちいかわについても全然詳しくないので
このツイートもといポストで知った口です。

独り言の時点で独り言を言ってるものだと
僕は思ってたんだけど、動詞として
ひとりごつ  だとか  ひとりごちる  だとか
言ったりするようです。

こういった1文字の変化や言い回しって
意外と知らないことありますよね。
それで思い出す事として、今の学習要領について
知りませんし実は学んだかもしれませんが…
オノマトペや音便については小林賢太郎さんが
話されてるのを見て初めて意識したんですよね。

なので、そこまではどういう音をどうやって
どういうタイミングで、どういうルールで
どう話すということを考えたこともなかった。
そりゃ自然できんべ!みたいなそういう感覚。

でも僕は言語学について話したいのではなく
単純に、それほど自分の身近なものでさえ
意外と曖昧だよねという話。

自分の当たり前すぎるというか
当たり前だと思ってることや物について
説明することすらしなかったりする。
でも別にそれはマウントとかではなく
その人にとってはそれが当たり前の世界なだけ。

AIに説明を促すときにGeminiはかなり好意的に
Claudeは文脈を捉えて、Chatgptは断定を
好むことが結構あると感じているんです。

ここで、なんでAIの話を始めたのかというと
AIにしてほしい事を頼むと
自分の意図していないことをしてくる
もしくは変に解釈して遠回りをして
作業をしてくることがあり
意図が明確に伝わってない事があるんです。

なので、日本語として自分が何を欲していて
どういうルールが必要で
最終的にどうなって欲しいかを
伝えられるように話す必要が出てくる。

頭の中でこれはわかるやろ!が通じない事って
まだ結構起きている印象があるから
自分視点では当たり前なことであっても
説明することが最終的な結果にも繫がるし
それが人にも適用されると思うんですよ。

人それぞれのニュアンスがあるわけだから
それを伝える方向性の努力を持っておきたいし
受け取れる方向性の努力も持っておく事は
現代においてかなり有用だと思うんですよ。
そう考えたらば、僕は全然両方足りてないな…と
色んな意見や言葉を見て感じております。

今日はこんな感じで、またね。