「モンスターペアレント」を生み出したのも学校教育という事実。 過剰な要求を繰り返す親を育てたのは誰か。
こんにちは、チームシンヤです!
今、学校現場で最も深刻な問題の一つが、いわゆる「モンスターペアレント」への対応です。
理不尽な要求、長時間に及ぶ電話、ときには教育の専門性を無視した介入。
現場で踏ん張る教師の一人として、本来子供たちに向けるべきエネルギーがこうした対応に削られていく現状には、言いようのない悲しさを感じています。
しかし、私はふと立ち止まって自問自答することがあります。
「過剰な要求を繰り返すこの親たちを育てたのは、実は我々学校教育そのものではないのか」ということです、、、。
「正解」を求めすぎる教育の副作用
今の親世代は、学校教育の中で「正解があること」を疑わず、効率よく正解に辿り着くことが「優秀さ」だと教えられてきた世代だと言われています。
100点を取ることが正義
ミスは許されない
マニュアル通りに動くことが最善
こうした教育を忠実に受けてきた結果、社会に出た彼らは、学校に対しても「完璧なサービス」と「目に見える成果(正解)」を求めるようになりました。
「うちの子が損をしないための正解を提示してくれ」
「トラブルが起きたのは、学校側の指導マニュアルが不十分だからだ」
という主張は、ある意味で学校がかつて植え付けた「完璧主義」の裏返しなのかもしれません。(私の主観ですが)
消費者化する保護者、サービス業化する学校
かつての学校は、地域社会と共に子供を育てる「共同体」でした。しかし、今の学校は、保護者から「教育というサービスを提供する場所」として見なされています。
「高い税金を払っているのだから、対価として最高の教育を受けたい」
「失敗させないように、あらかじめ障害物を取り除いてほしい」
こうした消費者的な感覚は、今の過度な競争社会や管理教育が生み出したものです。私たちは、子供たちに「自分の足で立つ強さ」を教えるはずが、いつの間にか「不備のない環境を整えること」に心血を注いでしまいました。
その結果、少しの不備も許容できない大人を生み出してしまったのではないか……そう思うと、胸が締め付けられます、、、。
教師として、私が思うこと
もちろん、すべての責任が教育にあるとは言いません。各家庭の事情や社会構造の変化など、複雑な要因が絡み合っているのは事実です。
しかし、私たちがよかれと思って守り、導いてきたかつての子供たちが、今親となり、一番の理解者であってほしい学校を苦しめている。この皮肉な連鎖をどこかで断ち切らなければなりません。
今必要なのは、学校を「完璧なサービス拠点」にすることではなく、「失敗や葛藤を共有できる、不完全な人間同士の学び場」に戻すことではないでしょうか。
モンスターペアレントの問題は、親個人の資質の問題ではありません。それは、私たちが作り上げてきた「教育」が映し出したモノなのかもしれないのです。
いいなと思ったら応援しよう!
有益な情報だと思われましたら、応援のほどよろしくお願いします。