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患者の希望を尊重することと、希望どおりにすること

こんにちは、東京ベイ・浦安市川医療センター(TBMC) 集中治療部門のフェローです。

可能なら顧客の希望を尊重したい。

私は人を相手に商売をしたことは、学生の頃のダイエーのレジのバイトと、ラケットショップのバイトくらいしかないので、この言葉の重みを体感したことはありません。

とはいえ、人を相手に商売をしている人間なら考えることなのでしょう。

一方で商売ではありませんが、医療の現場では、ほとんど反論の余地がない言葉ですよね。

正確には、可能なら患者の希望を尊重したい、となりますが。

もちろん私もそう思いますし、患者さん本人が何を大切にしているのかを知らずに治療方針を決めることはできません。

ただ、「患者さんの希望を尊重する」と「患者さんが希望した治療を行う」は、同じではないですよね。

最近かなり面白い論文を読んだので、今日はそんな話でもしようかと思います。



患者さんを消費者として考える

最近、JAMA Network Openに掲載されたモラルジストレスに関する論文を読みました。

モラルジストレスとは、「本当はこうするべきだ」と思っているのに、組織や人間関係などの制約でそれができないときに医療者が感じる苦しさのことです。

この研究は米国西海岸の4つの大学病院で、医師や看護師、病院管理者など122人にインタビューし、患者さんへの利益が乏しい可能性のある生命維持治療に関連して、医療者がどのようなモラルジストレスを感じているのかを調べた研究です。

その中で面白かったのが、モラルジストレスを感じる理由の一つに、ヘルスケア・コンシューマリズムがあるという話です。

ヘルスケア・コンシューマリズムとは、患者さんを医療サービスの「消費者」と捉え、患者自身の選択を重視する考え方です。まあつまり患者さんをお客様として扱う、そんな感じかな。

この論文で問題になっているのは、その考え方が行き過ぎて、患者さんや家族の希望が医療者の医学的な推奨より優先される場面があるよね、という部分です。

ある病院のpatient experience administratorは、こんなことを話しています。

“There are times when we can’t operate like a hotel or an amusement park or a restaurant because it’s not the right thing
for the patient, and we have to tell them ‘no’ at times… it’s bad medicine.”
(hospital 2; patient experience administrator 3)

Brender et al., 2025

「病院はホテルや遊園地、レストランのようには運営できないこともあります。だって患者さんにとってそれが良いとは限らないから。時には『できません』と伝えなければいけないです。それをしないのは、よい医療ではないですから。」

ホテルなら料金を払えば良い部屋に泊まれ、レストランなら絶品コースを注文できます。

でも、ECMOがある病院だからといって、希望すればECMOを使えるわけではないですし、手術ができる病院だからといって、希望すれば手術を受けられるわけでもないですよね。

なぜなら、医療では適応や、どの程度の利益が期待できるのか、どんな負担があるのか、を考えないといけないからです。

そうしたことを考えて、「この治療を勧めます」「この治療は勧めません」と伝えるところまでが医療者の仕事です。

患者さんの希望を尊重することと、希望されたものをそのまま提供することには、違いがあります。


ここなら何とかしてくれる

この論文のさらに面白いところ見ていきましょう。

“We have a joke that our oncologists will give cancer therapy to patients who are already in the grave…. That’s what all the
billboards are for in our community, for our cancer care.”
(hospital 4; resident physician 1)

Brender et al., 2025

「うちの腫瘍医は、もう墓に入っている患者にもがん治療をする、なんて冗談を言ってます。この地域には、うちのがん診療を宣伝する看板がそこら中にありますからね。」

院内のジョークと、地域にたくさん出ているがん診療の広告を同じ話の中で結びつけているのはめちゃくちゃ面白いですね。

どんな病院も、こんな治療をしています、こんな高度な治療ができます、この件数はこれだけあります、とアピールします。

それ自体は当然です。

ただ、「ここなら何とかしてくれる」という期待が大きくなる一方で、医療にはどうしても何とかできないことがあります。

病院の広告は、できることを書くのは得意ですが、できないことを書くことはしません。

まあ広告なので、当たり前ですけどね。


うちの病院では患者は死なない

さらに面白い発言が引用されています。

“Our previous [CEO] is very famous. [They] gave an interview, and they asked [them] about our health system. They said, ’At [hospital 2], we don’t let people die.’ Everyone still talks about it. This is the culture. We don’t let people die.”
(hospital 2; palliative care physician 2)

Brender et al., 2025

「以前のCEOはとても有名な人でした。あるインタビューで、ここの医療について聞かれたとき、『この病院では、患者を亡くならせない』と言ったんです。今でもみんなその話をしています。これがこの病院の文化なんです。患者さんを亡くならせない。」

このCEOの発言、やばいですね(笑)

『この病院では、患者を亡くならせない』

ですか。

さらに印象的なのは、

“Everyone still talks about it. This is the culture.”

今でもみんなその話をしている。これがこの病院の文化なんだ。

というところです。

患者さんを「お客様」のように扱う文化は、診察室の中だけでできるわけではないんですね。

病院が何を宣伝するのか。病院のリーダーが何を語るのか。そして社会が医療に何を期待するのか。

病院の看板だけの話ではなさそうです。


家族が望めば、何でもするのか

ここまでだと、病院の広告やリーダーの言葉なんて、ベッドサイドの医療とは少し遠い話に見えるかもしれません。

でも、「ここなら何とかしてくれる」という期待と、実際に医学的に勧められることの間にズレが生じたとき、その間に立つのは現場の医療者です。

この研究では、そのかなり生々しい例として、ICU看護師のこんな発言が紹介されています。

“The family says, ‘Keep coding them.’ You’re breaking their ribs. Blood is coming out of their mouth. But that’s what the
family says they want. It’s very, very distressing. What is ethical? Doing what the family wants no matter what?”
(hospital 2; ICU nurse 3)

Brender et al., 2025

「家族は『蘇生を続けてください』と言います。肋骨が折れる。口から血が吹き出す。それでも、それが家族の望んでいることだと言うんです。本当に、本当につらい。倫理的とは何なのでしょうか?家族が望むことなら、何があってもその通りにすることなのでしょうか?」

かなり重いですね。

「家族が望むことなら、何があってもその通りにすることが倫理的なのか」と悩んでいます。

ただ、「なんでもやってください」と言う家族の気持ちはわかります。

大切な人をどうしても助けたいという気持ちはわかります。できる治療を全てやってほしいと思うのは当然ですよね。

しかし、その「なんでもやってください」という希望をそのまま叶えることは、一見すると家族思いで優しい医療に見えますが、実は非常に残酷な側面を持っています。
それは、医療の不確実性や、結果に対する重い責任を、ご家族に丸投げしているのと同じですよね。

私たちはサービス業ではなく専門職です。
だからこそ、泥をかぶってでも、 「皆さんが期待するような効果が得られない治療を、私は医療者としてお勧めすることはできません」 と伝える責任があると思うのですよ。

患者さんや家族の希望を深く傾聴することと、医学的な判断という最も重い荷物を患者さんや家族に背負わせてしまうことは、全く違うのです。

ダイエーのレジで働いていた頃なら、お客さんがカゴに入れたものを会計すればよかったので、楽です。「俺は客だぞ、俺の希望通りにしろ」的なお客さんもこの世にはいることを知りました。今でも彼らの記憶は良い反面教師になっています。

とはいえ、医療で「お客様は神様です」をやるわけにはいきません。

そもそも神様なら、たぶんICUに来ないですね。

「患者さんの希望を尊重する」と「患者さんをお客様として扱う」は、似ているようで全く違います。

まあ、こうやって最後まで書いてみると、当たり前の話なんですけどね。

ダイエーのレジよりは、難解ですわ。

それではまた、ICUの片隅でお会いしましょう。


当院では一緒に働いてくれる仲間を募集しています。
ぜひ見学にお越しください。


参考文献

Brender TD, Axelrod JK, Weiss Goitiandia S, Batten JN, Dzeng EW.
Clinicians’ Perceptions About Institutional Factors in Moral Distress Related to Potentially Nonbeneficial Treatments.
JAMA Network Open. 2025;8(6):e2516089. doi:10.1001/jamanetworkopen.2025.16089