速いライダーは、走行が終わった直後に何を言うのか?
走行が終わっても、感じたことを言えなかった
日本でレースをしていた頃の僕は、走行が終わるとこう言っていた。
「フロントが切れ込みました。たぶん、フォークが柔らかいんだと思います」
感じたことと、その原因を、必ずセットにして言っていた。
そうするものだと思っていた。原因まで言えて、はじめて一人前だと思っていた。
問題は、原因が分からないときだ。
何かがおかしい。でも、なぜそうなるのかが分からない。自信がない。
そういうとき、僕は感じたことすら言えなかった。
間違ったことを言うんじゃないか。的外れなことを言って、エンジニアを違う方向に動かしてしまうんじゃないか。
そう思って、黙った。
世界選手権に上がっても、数年変わらなかった
この癖は、日本を出ても直らなかった。
Moto3のグランプリを走るようになってからも、僕は同じことをしていた。
自信のあるときだけ喋る。自信がないときは、当たり障りのないことを言う。
そのまま数年が過ぎた。
ある日、チーフメカニックに言われた。
ライダーは、何がダメだったか、速く走るために何が足りないかを定義するのが仕事だ。
原因究明と解決は、僕たちエンジニアの仕事だ。
だから、感じたことを、感じたままコメントにしなさい。
その場で何かが上手くなったわけではない。
でも、言っていいことの範囲が変わった。
原因を持ってこなくていい。分からないままでいい。感じたことだけ置いてくればいい。
それまで僕が黙っていた時間は、全部、無駄だったことになる。
ピットに戻ってからの10秒に、その日の価値が集まっている
今は、逆側にいる。
世界選手権の現場でサスペンションを担当していると、走行が終わるたびにライダーが戻ってきて、何かを言う。その言葉をセットアップに翻訳するのが僕の仕事だ。
ピットに戻る。バイクを降りる。ヘルメットを脱ぐ。
その直後の10秒。
僕はこの10秒を、たぶん人生で一番たくさん聞いてきた人間のひとりだ。
そして、この10秒に、一番大きな差が出る。
僕は、その両側にいた
出す側にいた10年と、受け取る側にいる今。
どちらの側にも立ったうえで、これを書いている。
そして、出す側にいたときに黙っていた理由が、今なら分かる。
僕は、言葉が無かったんじゃない。言っていい範囲を、自分で狭めていた。
「今日はダメでしたね」
サーキットを走ったことがあるなら、自分がピットに戻って最初に言う言葉を思い出してみてほしい。
「今日はダメでしたね」
「なんか曲がらないんですよ」
「うーん、よく分からないけど遅い」
たぶん、こんな感じではないだろうか。
この気持ちは、僕にもよく分かる。10年やっていたからだ。
走っている間は必死で、20分走り終わった頃には情報が多すぎて、何から言えばいいのか分からない。
頭の中には確かに「何か」があるのに、口から出てくるのは「なんかダメ」だけだ。
速いライダーは、同じ10秒で全然違うことを言う
ここでよくある誤解がある。
「速い人は冷静だから」
「経験があるから覚えていられるんだ」
「才能でしょう」
違う。少なくとも、僕が現場で見てきた限りでは違うし、自分が出す側だったときのことを思い出しても違う。
差は、冷静さでも記憶力でもない。語彙だ。
言うための言葉を持っている。ただそれだけだ。
逆に言えば、言葉を持っていない人は、どれだけ集中して走っても、どれだけ記憶力が良くても、走行後に「なんかダメ」としか言えない。
感じていないのではない。感じたものを置く場所がないだけだ。
先に断っておく。この記事に「直し方」は書かない
サスペンションのクリックをいくつ動かせ、とか、そういうことは1行も書いていない。
理由があって、その理由自体がこの記事の中身だ。
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